『水に眠る』北村薫
●今回の書評担当者●宮脇書店本店 藤村結香
たぶん中学生の頃。父が薦めてくれた文庫本『空飛ぶ馬』に私は手をのばしました。云わずと知れた〈円紫さんと私〉シリーズ第1弾。高野文子さんの装画に惹かれてそれを読んだ時から、私は北村薫ファンです。ついでに白状すると、はじめ女性作家さんだと勘違いしていました(申し訳ございません)。
好きになった作家は片っ端から読んでいくタイプなので、『水に眠る』を読んだのも10代の頃でした。あれから20年近く経っているのに、ふとした時に小説のワンシーンが脳裏に浮かびます。
その『水に眠る』が23年の時を経て新装版になりました。しかも『一篇に一つ、人気作家による豪華な解説』というどうかしている(称賛しています)解説付。あの人が!?と嬉しくなるような作家陣が10人、10篇の物語それぞれを語っているのです。買うしかないでしょう、これは。
というわけで久々に私も読み返しました。
以下は私の勝手な感想です。昔読んだ時と同じようで、少し違う部分もありました。これも読書の楽しみですね。
「恋愛小説」モヒカン刈りという言葉を耳にするたび、この作品を思い出します。とんでもなく文字通りの恋愛小説。
「植物採集」あんまりにも主人公がいじらしいので、本当に胸が苦しくなります。抱きしめたくなってしまう。
「くらげ」今も昔もやっぱり怖い。私はこの究極の個人主義が実現したら発狂する。
「かとりせんこうはなび」何かが少しずつ落ちてくるような残酷さが丁寧に描かれていて、置いてけぼりにされたような恐怖を感じます。
「矢が三つ」いま読むと他人事ではない夫婦のやりとりに苦笑しつつも、元気なヒロインを中心に愛を感じるので最後はハッピーでした。
「はるか」何者なんだろう彼女は。クセになるような不思議なあたたかさがあります、ほろ苦いですが。
「弟」初見では物語が中々掴めませんでした。けれど読み返すと、老人が語る記憶と現と夢の狭間に放り込まれます。
「ものがたり」うわ、そんな、あまりにも......と声が出てしまうほどにラストの描写が秀逸です。未だに表現に困るのです。
「かすかに痛い」もどかしいから"かすかに"で、けれど確かに読んだ私も痛みを覚えるので"痛い"。10代の頃は、あまり痛くなかったのだけれど。
そして表題作「水に眠る」
一番好きです。はじめて読んだとき、最後の一行を読んだ後しばらく息を止めていた気がします。何もかも許してしまうような静けさを文字だけで表現してしまっている...切ないほどの美しさに、何度読み返しても包まれます。私には水の膜を剥がすことは出来ないけれど、北村薫さんは剥がせるのかもしれませんね。
文庫の巻末、10人それぞれの解説を見てやはりこの方達も北村薫作品に切なく恋してしまったのだなあと感じました。
何度読み返しても、焦がれ続ける短編小説集......それが『水に眠る』です。
- 宮脇書店本店 藤村結香
- 1983年香川県丸亀市生まれ。小学生の時に佐藤さとる先生の「コロボックル物語」に出会ったのが読書人生の始まり。その頃からお世話になっていた書店でいまも勤務。書店員になって一番驚いたのは、プルーフ本の存在。本として生まれる前の作品を読ませてもらえるなんて幸せすぎると感動の日々。