『花よりも花の如く』成田美名子
●今回の書評担当者●ジュンク堂書店池袋本店 福岡沙織
国立能楽堂には、漫画がある。
正確には、国立能楽堂内の図書閲覧室。そちらに置いてある漫画が、成田美名子作『花よりも花の如く』(白泉社)。能楽師の青年、榊原憲人の日々を描いた作品。
手に取った時、ここにあってくれて良かった、ありがとう、と頭をたれた。
能、と聴いてどんなイメージを持たれるでしょう?
伝統芸能、難しそう、言っている言葉がわからない、お面。左記は、全て私自身抱いていたイメージ。19歳から能楽堂に何度も通い、能を観ても、3度に1度は舞台を見ながら舟を漕ぐ。勉強すれば違うのかと思い、世阿弥『風姿花伝』(岩波文庫)を読み、作品の基になった原作を読み、能面の意味を学び、時には作品の舞台になった場所まで行ってみた。それぞれ面白く、能という文化がある幸せ、いまだ触れられる幸せをかみしめた。
しかし、それでも能楽を観て3度に1度は、寝てしまう。何故。私のような若造には、まだ早いのか。それとも、私は観るのに向いていないのか。そうやって、何度、観に行くことを辞めようと思ったかはわからない。その度、まぁ待ちなさい、と引き留めてくれたのが、『花よりも花の如く』だった。
能もまた、人の物語なのですよ。時代は異なっても、言葉は異なっても、生きて暮らした人々を、掴んで離さなかった物語。そして、それを演じているのは、私と同じ、現代に生きる人たちなのですよ、と。『花よりも花の如く』の主人公、憲人は姿で示す。日常ふと抱く気持ちは、作品の中にもあり、演じる人々が引き出してくださるのだ、と。
そんな折、漫画内にあった「土蜘蛛」が、能楽堂で上演された。母と観に行き、大変興奮して観た。ついつい、帰りには母子揃って蜘蛛の真似をしてしまったほどだ。それは、『花よりも花の如く』内でも、誰かがやっていたことだった。
漫画の能と、現実の能とが、交差した瞬間にたちあったのだ、と余計嬉しくなった。
『花よりも花の如く』は今現在、9巻目。これから憲人は何に迷い、何を決め、そしてそれはどう能に生きてくるのか。時に、実際に能に行ってみたりしながら一緒に、覗き込んでは、みませんか。
- 『ARRIVAL アライバル』ショーン・タン (2011年7月21日更新)
- 『僕は、そして僕たちはどう生きるか』梨木香歩 (2011年6月23日更新)
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- ジュンク堂書店池袋本店 福岡沙織
- 1986年生。2009年、B1Fから9F、ビル1つすべて本屋のジュンク堂書店池袋店を、ぽかんと見上げ入社。雑誌担当3年目。ロアルド・ダール、夏目漱石、成田美名子、畠山直哉ファン。ミーハーです。座右の銘は七転び八起き。殻を被ったひよっこ、右往左往しながらも、本に携わって生きて死ねればそれで良いと思っています。