『25時のバカンス』市川春子
●今回の書評担当者●ジュンク堂書店池袋本店 福岡沙織
わからない、だから好き。
理屈抜き、手放しでそう思える本はありますか?
万人受けはしないけれど、それでも、と薦めたくなるような一冊。
私にとって、市川春子作『25時のバカンス』(講談社)はそんな一冊。
デビュー作『虫と歌』に続く、短編漫画集。登場人物は、例えば体内に新種の貝を飼う深海研究者、例えば土星の衛星パンドラ、その女学園に入学した無口な少女。
どこか独特な短編集には、もう1つ特徴がある。作品内に必ず、異形の生命体が登場するのだ。彼らは矛盾なく当たり前に、人と共存する。ナンセンス、不思議、SF、呼び名はなんでも構わない。それが、この漫画の味なのだ。
シャープな線で描かれた絵。けれど、一コマの中には、多くの情報がつまっている。そこここに潜む仕掛け。小さな頃、星新一の著作を読んだ時のように、わくわくする。「なぜ?」と誰かに尋ねたくなる気持ち。「貝の生態ってどんなもの?」「ワープの原理は?」など、漫画に描かれていない、空白の知識を自分で埋めたくなる。まるで子供みたいに。
小説や映画で繰り返し試された「未知の生命との対面」を、『25時のバカンス』は新鮮に見せてくれたのだ。
それは、田中相デビュー作『地上はポケットの中の庭』(講談社)、九井諒子作『竜の学校は山の上』(イースト・プレス)にも、通じるものがある。こちらも、どちらも短編漫画集。
『地上はポケットの中の庭』内の短編に、恩返しに来る、人間サイズの虫が登場する。『竜の学校は山の上』には、ケンタウルスの奥様、進路に迷う天使などが登場する。
意表を突くキャラクター、中身はみな、人と変わらない。意思疎通ができ、生きている。それならば何故、彼らは未知の生命体として、描かれているのだろう。一作一作、丁寧に編まれた物語たちから、その意図を想像してしまう。人と異形の生命たちが共に暮らす世界から、垣間みえる何かに、目をこらしたい。
昔から、ずっとあるもの。点と点とで散らばっている事象。それは、漫画の中にも、どこにでも隠れているはずなのだ。
今、見えていない世界を、ちょっと垣間見ては、いかがでしょうか?
- 『世界制作の方法』ネルソン・グッドマン (2011年9月15日更新)
- 『花よりも花の如く』成田美名子 (2011年8月18日更新)
- 『ARRIVAL アライバル』ショーン・タン (2011年7月21日更新)
- ジュンク堂書店池袋本店 福岡沙織
- 1986年生。2009年、B1Fから9F、ビル1つすべて本屋のジュンク堂書店池袋店を、ぽかんと見上げ入社。雑誌担当3年目。ロアルド・ダール、夏目漱石、成田美名子、畠山直哉ファン。ミーハーです。座右の銘は七転び八起き。殻を被ったひよっこ、右往左往しながらも、本に携わって生きて死ねればそれで良いと思っています。