『セルフ・ドキュメンタリー ---映画監督・松江哲明ができるまで 』松江哲明
●今回の書評担当者●ブックス・ルーエ 花本武
ドキュメンタリー作家が自身のドキュメント、言わば私小説世界をセキララに開陳した驚異の一冊。それが松江哲明さんの「セルフ・ドキュメンタリー 映画監督・松江哲明ができるまで」でございます。
出世作「童貞。をプロデュース」は、およそドキュメンタリーの題材たりえない存在、二十三歳の居直り童貞に取材し、時にカメラを託して日常を自分撮りさせ(画期的な手法。隠しカメラならぬ託しカメラ)、アダルトビデオの現場を体験させる。(ここでのもの凄い遣り取りは是非本文を読んでください。AV監督カンパニー松尾さんの人間が関係を持つということについて本質を衝いた言葉が素晴らしいです)
自分がドキュメンタリーに抱いていた印象は森達也さんがオウム真理教に取材した名作「A」やテレビで深夜に放送していたCBSドキュメントなどのいわゆる社会派な内容のものでした。そういった堅苦しさと無縁のところで新しい才能が新しいドキュメンタリーをつくったことを歓迎したい気持ちになったものです。松江さんが自分と同年代であることも大きく作用しました。
そして約一年前、東中野で松江さんご本人とも出会い、現時点での集大成的傑作「あんにょん由美香」に出会ったのでした。この映画の素晴らしさは、「童貞。をプロデュース」と違いDVD化されているので、何はともあれ観ていただきたい。舞台挨拶に立った松江さんの誠実な話しぶりは、映画愛を共有する同志へのものといった雰囲気で、作品だけでなく松江さん本人への興味もかきたてられました。
「あんにょん由美香」を観た二週間後。ぼくは再び東中野の映画館にいました。松江さんセレクトのショートドキュメンタリーを詰め合わせて観られるオールナイトの上映会。その最後に先行上映されたのが「ライブテープ」でした。ぼくの現時点での邦画心のベストテン第一位に燦然と輝く映画です。
ぼくと松江さんは年齢だけでなく、吉祥寺に縁深いという部分でも共通しております。「ライブテープ」はミュージシャンの前野健太さんが吉祥寺の街を歩きながら、弾き語りで歌いつつ井の頭公園へ向かう様子をワンカットで撮影した音楽映画です。日常の奇跡をここまで鮮やかに切り取った映画をぼくは他に知りません。
常々地元密着の書店としてありたいとおもっていることもあって、是非この吉祥寺映画を盛り立てたいとおもい大きなフェアを企画して、映画製作の資料や、東京国際映画祭ある視点部門受賞トロフィーを借りて展示したり、前野さんのCDや映画の前売り券(完売した!)を特別に販売したりするなどして、微力ながら協力させていただきました。
と、なにやら書評そっちのけで自分の武勇伝みたいになってしまってごめんなさい。まあ、それはそれとして、副題にある「映画監督・松江哲明ができるまで」には大きな意味があります。「ライブテープ」までの諸作での松江さんのクレジットは、「演出・構成」となってました。それが「監督」になった理由。みなさん、読んで確かめてみてくださいね。
- 『反骨の画家 河鍋暁斎』狩野博幸、河鍋楠美 (2010年8月12日更新)
- 『にっぽん祭り日』森井禎紹 (2010年7月8日更新)
- 『マンガホニャララ』ブルボン小林 (2010年6月11日更新)
- ブックス・ルーエ 花本武
- 東京の片隅、武蔵野市は吉祥寺にてどっこい営業中のブックス・ルーエ勤務。通勤手段は自転車。担当は文庫・新書と芸術書です。1977年生まれ。ふたご座。血液型はOです。ルーエはドイツ語で「憩い」という意味でして、かつては本屋ではなく、喫茶店を営んでました。その前は蕎麦屋でした。自分もかつては書店員ではなく、印刷工場で働いていて、その前はチラシを配ったり、何もしなかったりでした。天啓と いうのは存外さりげないもので、自宅の本棚を整理していて、これが仕事だったらいいなあ、という漠然とした想いからこの仕事に就きました。もうツブシがきかないですし、なにしろ売りたい本、応援したい作家に事欠かないわけでして、この業界とは一蓮托生です。