『武智鉄二という藝術』森 彰英

●今回の書評担当者●ブックス・ルーエ 花本武

  • 武智鉄二という藝術 あまりにコンテンポラリーな
  • 『武智鉄二という藝術 あまりにコンテンポラリーな』
    森 彰英
    水曜社
    3,024円(税込)
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 武智鉄二という男をご存知だろうか?私は全く知らなかった。年輩の方に伺うとちらほら、ああ、ホンバンの~、といった声を拾うことができる。今回紹介する水曜社の「武智鉄二という藝術 あまりにもコンテンポラリーな」は担当営業氏からゲラをいただき、事前に通読させて頂くことができた。2010年随一の好事家感涙な珍書「市川崑のタイポグラフィ」を刊行した水曜社が今度は何を野に放たんとしているのか。大いに気になり、読みだしたが最後、ユーキャントストップでしたよね。

 さて、冒頭にこの本が追いかけまくることになる男、武智のポートレイトがある。異相だ。ねっとりした顔付きをしている。一言にすれば、エロい。ハリウッドきっての伊達男、ベニチオ・デルトロは視線を浴びせただけで妊娠させる、と専ら評されますが武智の目もヤバイです。

 昭和のエンターテイメント業界を湧かせ、時代を翻弄し、翻弄された男の評伝という外身をしていますが、実は面白い構造になっていて、ある種のミステリー仕立てになっているのが本書をユニークなものにしています。序章で著者の森氏は読者に大きなエクスキューズを投げかけます。のっけから読者への挑戦状です。「伝統芸能(主に歌舞伎)の保護者・創造者」と「ポルノ映画の巨匠(但し、芸術的評価はほぼ皆無)」という二つの顔を持つ男がいる。この二つがもうまるで並び立たない。影響関係が皆無で、前者で接した者は後者での活動に眉をひそめ、後者で関わった者は前者に対して、無関心。森氏はつぶやく、どちらかにスポットライトを当てれば、どちらかをまったく無視するほかない。どちらが表でどちらが裏か、どこかで変節または堕落をしたのか。そういう男のことを書けるところまで書くと宣言する。結論は読者に委ねられる。そうこのミステリーには、解答編が用意されていない!

 読めば読むほどに興味がわいてくるのですが、どこか掴みどころがない。実はすごく単純な人だったんじゃないかと思える瞬間もあります。いわゆるトリックスターを地でやってのけた人生だったのではないか、などと。だけどそれにしては、頑固すぎるし、妙なところで態度が終始一貫していたりする。何かと周囲ともめ事を起こす(裁判沙汰にまで!)気質を持っているが、ことさらに一匹狼を気取るタイプでもない。クールな理論家であり、熱い情熱を持った実践者のようでもある。そして歌舞伎とポルノ。

 武智鉄二。その男、眩惑につき。

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ブックス・ルーエ 花本武
ブックス・ルーエ 花本武
東京の片隅、武蔵野市は吉祥寺にてどっこい営業中のブックス・ルーエ勤務。通勤手段は自転車。担当は文庫・新書と芸術書です。1977年生まれ。ふたご座。血液型はOです。ルーエはドイツ語で「憩い」という意味でして、かつては本屋ではなく、喫茶店を営んでました。その前は蕎麦屋でした。自分もかつては書店員ではなく、印刷工場で働いていて、その前はチラシを配ったり、何もしなかったりでした。天啓と いうのは存外さりげないもので、自宅の本棚を整理していて、これが仕事だったらいいなあ、という漠然とした想いからこの仕事に就きました。もうツブシがきかないですし、なにしろ売りたい本、応援したい作家に事欠かないわけでして、この業界とは一蓮托生です。