『感染宣告――エイズなんだから、抱かれたい』石井光太
●今回の書評担当者●ブックス・ルーエ 花本武
読後感ずっしりきちゃってもう特に書くことないですよ。選ぶ本を間違えてしまったかもしれない。「感染宣告」は、イスラムにおける性の問題に切り込んで、勇名を轟かせた石井光太さんによる初の国内ノンフィクションです。題材は「エイズ」。いやがうえにも期待高まり、興味本位で読みだしたが最後、どっぷりとハードなエピソードに、生きることの極限を突きつけられました。
今やエイズは不治の病ではありません。きちんとした治療を受ければ、体に抗体をつくって、通常の生活を送ることも可能です。妊娠におけるリスクも極めて軽微になっているようです。それでもなおHIVへの感染は特別な意味を持ち、あるべきだった人生をやすやすとねじ曲げてしまう恐ろしい力があります。サブタイトルにある「エイズなんだから抱かれたい」という気持ちを理解することができるか?直視することができるか?読者の想像力は、試されている。
HIVは性行為(特に同性愛行為)により感染することが多い。云わば愛の病気なのである。であるからして、本書に登場する沢山の感染者による生い立ちからの記録は全て愛の物語になっている。信じては裏切られ、絶望が憎しみにすり変わることもある。愛しているのに裏切りつづけ、気が付けば致命的な(文字通りの意味での)過ちをおかしてしまうこともある。
パートナーに感染を告げたとき、二人は試され、選択を余儀なくされる。HIVが踏み絵のようになる瞬間が訪れる。それでもお互いを求めあうことができるのか。他人事ですむはずのエピソードだったはずだ。誰にとっても、読者にとっても。だがそうではない。特殊なドラマチックを並べた本は、いくらもある。泣けるフィクションで気持ちよく号泣することもできるだろう。
この本で書かれた感染者個々の人生は、人が人と付き合っていくことの困難と尊さをおしえてくれる。目をそらさずに相手と向き合う。その単純で普遍的なテーゼが繰り返し描かれ、病気とも向き合っていく様は、壮絶なものがある。現実の厳しさに屈服するケースも石井さんは丹念に追いかける。執拗に書く。プロの仕事だ。
この本を読みおわったら、あなたのパートナーにも読んでもらうことをおすすめします。愛が深まるかもしれないし、見て見ぬふりをしていたあれこれに決着をつけるいい機会が訪れるかもしれない。当方は責任をとりかねますけど、健闘を祈ります。
- 『未来ちゃん』川島小鳥 (2011年4月14日更新)
- 『身体のいいなり』内澤旬子 (2011年3月10日更新)
- 『やめないよ』三浦知良 (2011年2月10日更新)
- ブックス・ルーエ 花本武
- 東京の片隅、武蔵野市は吉祥寺にてどっこい営業中のブックス・ルーエ勤務。通勤手段は自転車。担当は文庫・新書と芸術書です。1977年生まれ。ふたご座。血液型はOです。ルーエはドイツ語で「憩い」という意味でして、かつては本屋ではなく、喫茶店を営んでました。その前は蕎麦屋でした。自分もかつては書店員ではなく、印刷工場で働いていて、その前はチラシを配ったり、何もしなかったりでした。天啓と いうのは存外さりげないもので、自宅の本棚を整理していて、これが仕事だったらいいなあ、という漠然とした想いからこの仕事に就きました。もうツブシがきかないですし、なにしろ売りたい本、応援したい作家に事欠かないわけでして、この業界とは一蓮托生です。