『ユニクロ潜入一年』横田増生

●今回の書評担当者●本のがんこ堂野洲店 原口結希子

  • ユニクロ帝国の光と影 (文春文庫)
  • 『ユニクロ帝国の光と影 (文春文庫)』
    横田 増生
    文藝春秋
    734円(税込)
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 久し振りに物凄い、男と男の戦いを見てしまった、というのが読み終えた最初の感想でした。

 作者がユニクロをとりあげるのはこれが二作目、題名通りバイトとしてユニクロの店舗に潜入して苛酷な労働状況をレポート、週刊文春での連載中から大きな反響を呼んだという前情報から「グローバル企業による労働者搾取の体制を批判する社会派ノンフィクションなんだろうな」と思って読み始めたのですが、「作者の情熱は、どうもそこへだけ向かっているわけではなさそうだぞ」という感触が読み進むほど強く感じられるようになっていき、中盤頃になると「これはユニクロがどうだ労働環境がどうだというよりも、フリージャーナリスト横田増生とユニクロ社長柳井正という二人の傑物の、互いを屈服せしめんとする魂の戦いの記録として物凄く面白い読み物なのではないか」と思うに至ってしまいました。

 冒頭の「はじめに」からして作者のテンションは凄まじいです。本作の執筆動機は「激怒」であると明かし、その激怒は太宰治の名作主人公「メロスのよう」であり、メロスの「かの邪知暴虐の王を除かなければならぬ」という決意を自分も同じく抱いていたとさえ宣言しています。わざと仰々しく冗談めかして書いているのだと読めないこともありませんが、それにしても人を邪知暴虐の王に例えるなんていうのは生半可な覚悟でできることではありません。

 この強烈な敵愾心は一体何に因るものなのかは、第一章「柳井社長からの"招待状"」に書かれています。作者の前著作『ユニクロ帝国の光と影』を名誉毀損だとして裁判に訴えたこと、その裁判でユニクロ側が敗訴したこと、敗訴後にも柳井正社長が雑誌インタビューで作者を挑発するような発言をしたことなどなど、作者とユニクロの間で悪縁がぎっちぎちに結ばれていく様子が恐いやら面白いやらでぞくぞくしてきます。

 柳井社長の「悪口を言っている人間はうちの会社で働いてみればいい」という挑発を作者は真正面から受けとめ、その通りの行動を起こすことにしたのです。一年ごし、三店舗にわたる潜入労働レポートはどれも読みごたえがありますが、とりわけ作者が最後に所属した店、店長がユニクロの中でも「世界で一番(仕事が)一番しんどい店」だと朝礼で誇らしげに語っていたというビックロ新宿東口店は強烈でした。

 セールス期間中の大繁盛、人員不足による店内の混乱、力尽き脱落していく店員たちの描写には鬼気迫るものがあります。反対に同僚であるユニクロ店員たちへのまなざしは優しく、自分の素性を見抜けず面接採用した店長の立場を気遣い、真面目に働くパートやバイト店員のことも高く評価し称賛しています。一方で、高圧的な言動の「ミニ柳井」に対しては辛らつを極めた批評をくわえます。

 作者の舌鋒がもっとも鋭くなるのはやはり柳井社長に対してなのですが、週に一度休憩室に貼り出される社長コメントの「屈指の"愛読者"」であったとか、社長からの差し入れとおぼしき高級菓子を「記念に家に持って帰る」とかいった描写をみていると、「愛と憎悪は極まると区別がつかなくなるってこういうことかしら」なんて思わされます。

「邪知暴虐」という罵倒にうろたえるのは外野の立場故のことに過ぎず、既に二人の間には、互いを「人生の敵」とみなす逆説的な信頼と負の絆とがしっかりと築きあげられているのではないかな、なんて考えてしまいました。

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本のがんこ堂野洲店 原口結希子
本のがんこ堂野洲店 原口結希子
宇治生まれ滋賀育ち、大体40歳。図書館臨職や大型書店の契約社員を転転としたのち、入社面接でなんとか社長と部長の目を欺くことに成功して本のがんこ堂に拾ってもらいました。それからもう15年は経ちますが、社長は今でもその失敗を後悔していると折にふれては強く私に伝えてきます。好きな仕事は品出しで、得意な仕事は不平不満なしでほどほど元気な長時間労働です。 滋賀県は適度に田舎で適度にひらけたよいところです。琵琶湖と山だけでできているという噂は嘘で、過ごしやすく読書にも適したよい県です。みなさんぜひ滋賀県と本のがんこ堂へお越しください。60歳を越えた今も第一線に立ち、品出し、接客、版元への苦情などオールマイティにこなす社長以下全従業員が真心こめてお待ちしております。