『ひとさらい 笹井宏之第一歌集』笹井宏之

●今回の書評担当者●ブックデポ書楽 長谷川雅樹

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  • 『ひとさらい 笹井宏之第一歌集』
    笹井 宏之
    書肆侃侃房
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  • 『てんとろり 笹井宏之第二歌集』
    笹井 宏之
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 九州の出版社・書肆侃侃房のTさんが営業に来られたのは、私が文芸書担当に着任してすぐの2015年の10月だったと記憶している。2年前のその日は、書肆侃侃房さんのメインコンテンツである短歌の本のご紹介をTさんより戴いた。Tさんは「詩歌はなかなか難しいとおっしゃる書店員の方もいらっしゃいますが......」といういらぬ前置きをしてしまうような、とても謙虚で、お優しい方である。ご紹介を戴いたのは、歌人・笹井宏之さんの『ひとさらい』『てんとろり』という既刊の短歌集であった。

 しかしTさんのこの歌集に懸ける思いは、穏やかな語り口ながら、ひしひしと伝わってきた。本物だった。営業なのだから当たり前だと思うかもしれないが、世知辛い世の中なかなかそうでもない。今でもTさんのおっしゃったことは、胸に刻まれている。

 笹井さんがどんな方だったか。笹井さんがこの歌集を詠まれた背景。笹井さんを愛した人たち。笹井さんの本をきっかけに「新鋭短歌シリーズ」を創刊した、書肆侃侃房の会社としての笹井さんへのリスペクトの姿勢。Tさん個人の本著への感想。

 私は、惹きこまれた。平積用4冊ずつを注文し、到着を待った。

 到着後箱を開けてみて、心が躍った。「きれいな装丁だな」「判型がおもしろいな」という第一印象であった。が、そのまま何の気なしにページをめくっていくにつれ、新入荷の本が届いてニヤニヤと浮ついていただけの心が一変したのを覚えている。簡単に言うと、「驚いた」。それらは、透き通ったことばが、心にすっと沁み込んでくるような作品集であった。若い作家が書いた作品にありがちな、てらいや、ずるさのようなものはまったくない。ことばの選び取り方がおもしろく、リズムが美しく、それでいて均整がとれている。私は短歌については疎く、過去の名著や現代のシーンの上っ面(つら)を追いかけるだけで精いっぱい、いやそれもたぶん満足にできていないほうだが、まだまだひよっこの私でも、クラシックでありつつも現代の息吹をすこぶる感じるユニークな本歌集に感動した。Tさんに感謝しつつ、すぐ売り場で平積みにした。

 ......2か月が経ち、1冊も売れがでない。

 良い本が売れないのはすべて私のせいである。良い本が売れないなら、POPを書く、場所をもっといい場所に変えるなどして、しっかり販売させて頂くべきなのだ。極論を言えば自信があるならすぐにでも100冊仕入れてお客様にアピールし、販売すべきである。それをやらないのはとどのつまり自分に自信がないから、お客様への伝え方が下手だから、売場で及び腰になっているから、結果それが原因で良作を現場で殺しているのである。

 しかし笹井さんのこの2冊に関するPOPをめずらしく書きはじめ(私は平積みにPOPをつけるのがあまり好きではない、単純にPOP作成がヘタだというのもあるが......)「26歳で夭折した歌人で...」というような内容をマジックペンで書いたところで、私は手が止まってしまった。この詩集を、「夭折した作家さんのいい本だから読んでください」というような文言で売っていいものだろうかと逡巡してしまったのだ。ほかに書きようもあるだろうにと、いろいろ考えたが、どんな美辞麗句もこの歌集のきよらかな言葉たちの前ではどこかフェイクになってしまうという悩みに直面していた。

 この歌集は、どの本、どの新刊ともPOPを書かずとも互角、いやそれ以上に渡り合えるはず、POPなど不要、逆に失礼だ......そう自分に言い訳半分、本音半分で、結局そのままになってしまっていた。

 まずお客様の手に取って頂くことが大事なので、ふりかえると今ならそうはしなかったと思う。とにかく売れないまま3ヵ月が過ぎようとしていた。

 笹井さんのこの歌集は、間違いなく良い本だ。

 詩歌集の目利きとしてはキャリアが浅いが自信はある。この本なら、書評に取り上げられるなどして再評価されチャンスが巡ってくるはずで、その間ずっと平積みしてできるかぎり多くの方に手に取って頂きたいと、思う。しかし一方で、当店にどんどん新刊として入ってくる本一冊一冊それぞれにも、著者の気持ち、編集者さんや営業さんなど作り手の気持ちが込められていることを忘れてはいけない。そのことを無視して、どんな理由であれ売れていない本を平積みにしておくのは、お客様のニーズに応えられていない売場をそのままにするという、お客様への失礼でもあるという現実もまた、あるのだ。

 売場は私個人の所有物の箱庭ではない。お客様のニーズに最大限こたえるために会社が任せてくださった、限りあるスペースなのだ。私は置けるものならセレクトなどせず出版されたすべての本を平積み面陳で置きたいし、正直1冊たりとも返品したくないが、売り場の容積と在庫金額の過剰な増加がそれを許さない。売れが出ない限り、笹井さんの本を平積みで置ける日数の限界は近づいていた。何度も言うが、売れないのは私のせいである。それでも、だ。

 こういうとき、何も言わずに、返品承諾書だけFAXで送って、Tさんに承諾いただいて、返本して、という機械的なやりとりをするほうがお互いに気を遣いあうことなく、むしろマナーであると個人的には思う。だが、この本を返品するのは、私は嫌だった。「いい本なのに......なかなか厳しくて......」と言い訳がましいメールを送ると、お優しいTさんからは、すぐにお手製の帯POPがデータで届いた。その後、Tさんとやりとりをしながら、笹井さんの命日(1月24日)まではがんばって平積みで置きましょう、ということになった。

 そして、その命日も過ぎた2月の下旬のある日。
 ついに『ひとさらい』を1冊、お客様にお買い上げいただいた。

 販売させて頂いた日は事務所にいたので、買っていただいたお客様に接客させていただけなかったことを今でも残念に思っている。すぐにTさんにメールした。この本だけ贔屓して他の本に失礼な話なのだが、メールを打ちながらこそこそと泣いていた。うれしかった。

 結果の数字だけで言えば、当店の経営陣から見れば厳しく怒られるような話だ。「良い本を売ることに失敗している」し、「平積みで半年近く結果を出せなかった」うえ「売上も1冊」。いやしくも美談ふうに書いてはいるが、けして美談ではない。

 ただ、Tさんがご紹介してくださらなかったら、わたしはこの本を仕入れることがなかったこと、これだけデジタル化が進んだ社会でも現場は結局アナログなのだ、ということだけは、別に伝えたいと思って書いた。考え方が古いと揶揄されるだろうが、いやいや結局、人なのだ。これまでの職場でもすべてそうだったし、間違ってはいないと思う。特に書店では、自分のアンテナ以外では版元営業さんの営業でいただく情報が生命線である。自分は全知全能の神ではない。知らないことを教えていただくことが、どれだけ尊いことか。Tさんには、本当に感謝しております。

 その後、手は尽くした(尽くせたのかは正直わからない)が、さらに半年『ひとさらい』『てんとろり』が売れることはなく、平積みからは私の意志で外した。

 そういうわけで、当店には『ひとさらい』『てんとろり』が、いつも挿しで常備してある。とてもいい本なので、ぜひ当店で&書店で見かけたら、お手に取ってみてくださいませ。

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ブックデポ書楽 長谷川雅樹
ブックデポ書楽 長谷川雅樹
1980年生まれ。版元営業、編集者を経験後、JR埼京線・北与野駅前の大型書店「ブックデポ書楽」に企画担当として入社。その後、文芸書担当を兼任することになり、現在に至る。趣味は下手の横好きの「クイズ」。書店内で早押しクイズ大会を開いた経験も。森羅万象あらゆることがクイズでは出題されるため、担当外のジャンルにも強い……はずだが、最近は年老いたのかすぐ忘れるのが悩み。何でも読む人だが、強いて言えば海外文学を好む。モットーは「本に貴賎なし」。たぶん、けっこう、オタク。