『ステップ』
●今回の書評担当者●豊川堂カルミア店 林毅
この春、三年ぶりに駅ビルの店に戻りました。学生を中心に若い人たちが多い店です。そんな折、硫化水素を使った自殺が相次いでいると耳にして(うちを訪れるような若い人たちがとても多い)、どうにもいたたまれない気持ちになってしまうのですが、そんな彼らにも生きていくための知識や元気をあげられないものか。そう思って本を並べています。確かに人生は悩みの尽きないものだし、逃げ出したくなるような気持ちになることもあると思います。でも死のその先にやり直せる人生なんてないわけで、生きている今、それを大事にしてほしいです。
《人生をやり直す》
小説の世界では案外そんな話は多くて、ケン・グリムウッドの傑作『リプレイ』が有名ですが、佐藤正午の『Y』など、それをモチーフにした作品も多く書かれています。香納諒一の新作は、そんな"リプレイもの"。しかしこの物語の主人公は、一度ならず、何度も何度も死んでは生き返ります。
かつて盗みのプロだった男は一年前に自分の不注意で相棒と恋人を失くしていて、今は横浜でバーのマスターに収まっている。そんな彼の元にある日、弟分だった男が転がり込んできた。女をめぐるトラブルで、ヤクザの幹部を刺してしまったという。そこへ謎の中国人二人組が現れ、シナモノを返せと迫る。どうもヤクザのもとからヘロインも盗み出していたらしい。
男は事態の収拾を図ろうとするが、すぐに捕らえられ、いきなり死んでしまう。だが気がつくと、なぜか事件前日に戻っていた。(死んだところまでの記憶を持ったまま)生き返ってしまったのである。そして再び事件の解決に向かう。前の経験と失敗をもとに、男は糸口を探すのだが、またもや失敗。男はその後も生と死を繰り返しながら、事件をやり直していく。そのたびごと、少しずつ事件の真相が明らかになり、近づいたと思った真相がひっくり返る。甦るたびに巻き戻される時間がだんだんと短くなっていき(この構成がミソで)、事態はどんどん切迫していく。繰り返される一日は微妙に変化をしながら、男を試すように立ちはだかっていくのである。
はたして、立ち向かう男に勝機はあるのか? 弟分と恋人を救うことが出来るのか? なんとも緊迫のハードサスペンスである。
人生にやり直しが利いたらとは、誰しもが思う。そう思いながら生きている。私なんぞはそんなことの繰り返しで(殺されたりはしなかったけれど)、うまくいかなかったことは山ほどある。あの時こっちを選んでいたらどうなっていただろうと、いまだに思ったりもします。この物語の主人公の男は、何も死にたくて死んでしまうわけではない。どうしたら生き延びることができるのか、どうしたら弟分や恋人を救うことができるのかと、そう思い必死に立ち回るわけで、(たとえ死ななかったとしても)その強い気持ちが局面を打開させたのではないかと思います。
私の娘も悩める年頃になったのですが、その娘が中学卒業のときに手紙を書いて寄越しました。
お父さん、お母さん、
今までいっぱい心配させて
ごめんなさい。
これからもまた迷惑かけちゃうけど、許してください。
私はもっと
強くなれるように、がんばります。 桃子
七転び八起きというけれど、8回死んでも生き返る男だっているんだからね。
前を見て生きていけば、それでいい。そんなことを思う今日この頃であります。
- 豊川堂カルミア店 林毅
- 江戸川乱歩を読んだ小学生。アガサ・クリスティに夢中になった中学生。松本清張にふけった高校生。文字があれば何でも来いだった大学生。(東京の空は夜も明るいからと)二宮金次郎さながらに、歩きつつ本を捲った(背中には何も背負ってなかったけれども)。大学を卒業するも就職はままならず、なぜだか編集プロダクションにお世話になり、編集見習い生活。某男性誌では「あなたのパンツを見せてください」に突進し、某ゴルフ雑誌では(ルールも知らないのに)ゴルフ場にも通う。26歳ではたと気づき、珍本奇本がこれでもかと並ぶので有名な阿佐ヶ谷の本屋に転職。程なく帰郷し、創業明治7年のレトロな本屋に勤めるようになって、はや16年。日々本を眺め、頁をめくりながら、いつか本を読むだけで生活できないものかと、密かに思っていたりする。本とお酒と阪神タイガース、ネコに競馬をこよなく愛する。 1963年愛知県赤羽根町生まれ。