『ばかもの』絲山秋子

●今回の書評担当者●豊川堂カルミア店 林毅

 本屋にとって何が強敵かって、セロハンテープほどしつこいヤツはいない。レジカウンターやワゴンの台車など、店内のいたるところにメモやポスターとともに生息していて、これがもうイヤになるくらい剥がれようとはしない。掃除のときに気になると研磨剤でゴシゴシするのだけれど、剥がれても「俺はここに居たんだぞ」と言うかのように、くっきりと残像が残る。スチールに塗装してある上だとテープとともに塗装も剥がれてしまったりする。時間が経てば経つほど、ヤツはさらに強固になっていたりして、まったく厄介極まりない。ならば貼らなきゃいいのだけれど、やっぱり都合がいいのでつい使ってしまう。自分でネタを作っておいて文句を言ってるようじゃ世話ないねけど。

 絲山秋子の新作『ばかもの』はアルコール依存症の男の話。そんなセロハンテープどころじゃないからね、そのしつこさったら。「酒を断つか、命を絶つか」までくると、読んでてとても苦しくなる。
 
 大学生のヒデにはアルバイト先で知り合った気の強い年上の彼女・額子がいたのだが、他の男と結婚することになったという彼女に公園の欅に括りつけられ、パンツをひざまで下ろされた状態でヒデは捨てられた。大学卒業した彼は、そのあと次第に酒に呑まれていくことになる。それでも中学教師の彼女ができ結婚を考える頃になるのだが、酒癖の悪さを指摘され、酔って恋人にあらぬことまで口走る。体が臭いといわれ呑み屋で喧嘩。会社でも昇進しない。友人も去っていった。父親からも出て行けといわれ婚約者宅に転がり込むが、そこでも彼女を殴ってしまう。しかし最悪なことに本人にはその記憶すらないのだから、たまらない。勤めていた家電量販店を辞めるが、退職金も酒に消えた。酒に依存すればするほど、彼の心も生活もどんどん荒んでいくばかり。(呑んでしばしば記憶をなくしたりすることもある私には、このあたりの描写はいや恐ろしい)
 婚約者も出て行ったあと、ようやく断酒を決意するも、うまくいかずフラフラしているところで額子の母と出会う。どこかで幸せに暮らしていたであろう彼女が、事故で左腕を失くしてしまったことを聞く。彼は断酒会に入り、ラーメン屋で働くようになり、ヒデは、同じくひとりになっていた額子の元へ向かうのである。

 冒頭の章で二人の気ままな日常が描かれ(二人のセックスシーンがほとんどだけれど)、そのときヒデは「額子って、(セックスの)終わったあとの方がかわいいよな」というと、彼女は「ばかもの」と返すシーンがあるのだが、10年に及ぶ苦しみのときを経て再会をしたあと「大人になるまで面倒見てやる」という額子に、今度は彼が「ばかもの」と返す。

「ばかもの」という言葉が、なんとも愛の言葉になっていて、じんときた。そのささやかな幸せにたどり着いた二人の姿が、とても美しい。

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豊川堂カルミア店 林毅
豊川堂カルミア店 林毅
江戸川乱歩を読んだ小学生。アガサ・クリスティに夢中になった中学生。松本清張にふけった高校生。文字があれば何でも来いだった大学生。(東京の空は夜も明るいからと)二宮金次郎さながらに、歩きつつ本を捲った(背中には何も背負ってなかったけれども)。大学を卒業するも就職はままならず、なぜだか編集プロダクションにお世話になり、編集見習い生活。某男性誌では「あなたのパンツを見せてください」に突進し、某ゴルフ雑誌では(ルールも知らないのに)ゴルフ場にも通う。26歳ではたと気づき、珍本奇本がこれでもかと並ぶので有名な阿佐ヶ谷の本屋に転職。程なく帰郷し、創業明治7年のレトロな本屋に勤めるようになって、はや16年。日々本を眺め、頁をめくりながら、いつか本を読むだけで生活できないものかと、密かに思っていたりする。本とお酒と阪神タイガース、ネコに競馬をこよなく愛する。 1963年愛知県赤羽根町生まれ。