『殺人鬼フジコの衝動』真梨幸子

●今回の書評担当者●豊川堂カルミア店 林毅

 今年の本屋大賞は、『告白』。およそ共感できそうにない物語にこれほど支持が集まるとは、(自分で投票しておいて言うのもヘンですけども)なんだか驚きでした。出色の出来であることはいまさら言うまでもないのだけれど(面白いですもんね、ほんと)。

 犯罪小説、クライムノベルには私、けっこう目がいく性質でありまして(泣ける話も好きですけども)、昨年末から気になっていた本がこれ。ようやく読んだ『殺人鬼フジコの衝動』。これも負けずなかなか凄まじい話でありました。『告白』が劇場型の演出がされているのに対し、これはあたかも藤子の人生をノンフィクションに追った実録小説のようでもあり、衝撃度では『告白』を凌駕するダークさでありました。

 生涯で10数人もの人を殺害した女の転落の人生を、小説の形式で綴った物語。
 一家惨殺事件でただひとり生き残り、叔母の家に引き取られた小学5年生の少女、藤子。家庭にも経済的にも恵まれず容姿も学業もさっぱりの彼女は、どん底から這い上がるため、自己保身のために人を殺めてしまう。それを機に、彼女は自分の幸せの邪魔になる者は排除し続け、中学、高校そして結婚生活にいたるまで、彼女の人生はどんどん狂っていくことになる。その都度「バレなきゃいいのよ」と何のためらいもなく殺人を繰り返していく彼女に、ただただ戦慄。
 傑作『嫌われ松子の一生』(本屋大賞第一回で個人的に1位でした)を思わせるタイトルで、女の転落の人生を描いたという点では似ているのだけれど、主人公がまるで正反対。松子が過ちを冒さない大人しい性格であるのに対し、藤子は卑屈で小狡く利己的なタイプ。その彼女の強烈な個性こそがこの物語を形作っていき、それこそが読ませどころであると思うのだけれど、虐待と虐めがこれでもかというほど出てきてぞっとする。自分でも過去に人を羨んだり妬んだりは決してなかったわけではないけれど、これほどまでに利己的な生き方には言葉を無くしてしまいますね。
 大嫌いだった「母親に似てきた」といわれながら、母親と同じような人生をなぞる彼女の人生は、まったくもって皮肉。良くも悪くも親子は似てしまうものかもしれないが、我が娘たちも変なところが似てきて(恥ずかしくて具体的には口にできませんけど)、似なきゃいいなと思っているところほど似ていたりします。
 親と子は、そのカルマから解脱できないものなのか。そこにミステリらしい仕掛けがあって、「あとがき」から、もうひとつの真相が浮かんでくる(これが冒頭の蝋人形、夢見るシャンソン人形に繋がっていたんですね)。このどんでん返しにも驚いたけれど、でもやっぱり延々と続いてきた嫌なエピソードばかりが頭に残る。胸にずんと重くのしかかってくるのである。

 真梨さんは女性(それも負の)側面を抉るように描く作家で、続いて出た新作の短編集『ふたり狂い』も、何が現実で何が妄想なのかも分からない、これまたぞ~っとする物語に仕上がっています。
 真梨幸子、注目ですね。

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豊川堂カルミア店 林毅
豊川堂カルミア店 林毅
江戸川乱歩を読んだ小学生。アガサ・クリスティに夢中になった中学生。松本清張にふけった高校生。文字があれば何でも来いだった大学生。(東京の空は夜も明るいからと)二宮金次郎さながらに、歩きつつ本を捲った(背中には何も背負ってなかったけれども)。大学を卒業するも就職はままならず、なぜだか編集プロダクションにお世話になり、編集見習い生活。某男性誌では「あなたのパンツを見せてください」に突進し、某ゴルフ雑誌では(ルールも知らないのに)ゴルフ場にも通う。26歳ではたと気づき、珍本奇本がこれでもかと並ぶので有名な阿佐ヶ谷の本屋に転職。程なく帰郷し、創業明治7年のレトロな本屋に勤めるようになって、はや16年。日々本を眺め、頁をめくりながら、いつか本を読むだけで生活できないものかと、密かに思っていたりする。本とお酒と阪神タイガース、ネコに競馬をこよなく愛する。 1963年愛知県赤羽根町生まれ。