『漁港の肉子ちゃん』西加奈子

●今回の書評担当者●勝木書店本店 樋口麻衣

 私がこの横丁カフェで本をご紹介させていただくのも、今回で最後になりました。大好きな本をたくさん並べて、どの本を選ぼうか迷っていたら、本から「私を選んでくれたらええんやでっ!」という主人公の強烈な声が聞こえたような気がしたので、最後の1冊はこれに決めました。『漁港の肉子ちゃん』西加奈子(幻冬舎)です。

 行く先々でダメ男たちに騙され、北の町に流れ着いた母と娘。まん丸に太っていて、不細工で、底抜けに明るい母・肉子ちゃん(38歳)。本名は菊子だけれど、太っているからみんなが肉子ちゃんと呼ぶ。ボロボロの人生なのに、肉子ちゃんはそんなこと全然気にしていない。漁港にある焼肉屋「うをがし」で働き、店主のサッサンからその離れを借りて、娘のキクりんと一緒に住んでいる。キクりんは、かわいくて、賢くて、冷静な小学5年生の女の子。お母さんである肉子ちゃんのことが好きだけれど、最近ちょっと恥ずかしくもある。

 物語の中の肉子ちゃんがとにかく明るくて、うるさいくらいなんです。肉子ちゃんのセリフは基本的に語尾に「!」とか「っ!」が付いているので、文字で読んでいるだけなのに、ガヤガヤした声が聞こえてくるような感覚になります。他にも肉子ちゃん独特のおもしろい癖とか考え方があって、終始肉子ちゃんから目が離せません。そんな肉子ちゃんとキクりん母娘の生活を中心に、漁港の人々の息づかいが、キクりんの目線を通して描かれた物語です。

 すごく大きな出来事が起こるわけではないのですが、286ページあたりから急に泣けてきました。目に涙が浮かぶとかではなく、急にブワ──っと涙が溢れました。キクりんのことも、肉子ちゃんのことも、そして自分のこともギュ──って抱きしめてあげたくなりました。「誰かのことを大切にしたい」と思える本は、今までたくさん読んできましたが、こんなに「自分のことを大切にしたい」と強く思える本は、そんなに多く読んだことがありません。

 肉子ちゃんとキクりんの掛け合いがおもしろくて、愛おしくて、笑わせてくれて、泣かせてくれます。特に終盤は号泣なのですが、肉子ちゃんがしっかり笑わせてくれるので、泣き笑いの波状攻撃で感情の振れ幅が大きかったです。

 肉子ちゃん、とにかく真っ直ぐで明るくて、にぎやかで、一緒にいると、もしかしたらちょっと疲れるかもしれませんが、友達になれたらやっぱり楽しそうです。著者の西加奈子さんの小説は、登場人物がすごく個性的で魅力的で、いつもみんなのことが好きになるのですが、『漁港の肉子ちゃん』の登場人物はそれが際立っています。「うをがし」の店主・サッサンの渋いかっこよさにも注目です。

 自分のことが今よりもちょっと好きになれるような、自分のことをもっと大切にしたくなるような、読む人の存在すべてを優しく強く包み込んでくれる作品です。

 1年間拙い文章を読んでくださり、ありがとうございました。私は、誰かがその人の大好きなもののことを大好きだと語っているときの熱と輝きが好きです。本が好きな私の「大好き」が、誰かの心にも届いていたら嬉しいです。

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勝木書店本店 樋口麻衣
勝木書店本店 樋口麻衣
1982年生まれ。文庫・文芸書担当。本を売ることが難しくて、楽しくて、夢中になっているうちに、気がつけばこの歳になっていました。わりと何でも読みますが、歴史・時代小説はちょっと苦手。趣味は散歩。特技は想像を膨らませること。おとなしいですが、本のことになるとよく喋ります。福井に来られる機会がありましたら、お店を見に来ていただけると嬉しいです。