『まなざしが出会う場所へ』渋谷敦志
●今回の書評担当者●ときわ書房志津ステーションビル店 日野剛広
災害や痛ましい事件が続く昨今、その報道のあり方に疑問を呈する向きは多く、特に被害者、遺族への容赦なきカメラ、マイクが向けられる光景を、テレビなどを通じて目の当たりにした時、私たちは強い不快感を覚え、マスコミの報道姿勢に不満を抱くことが多い。
「彼らにカメラやマイクを向けるなんてデリカシーがない。」
「そっとしておくべきだ。」
「私たちの知りたいことはそんなことじゃない。」......
しかし、そういう私たちも綺麗事を並べられるほど潔癖なのか? 下世話な好奇心が全く無いと言えば嘘にならないだろうか? こうした報道が繰り返される背景として、やはり観る者がいるという事実は厳然としてあると思うのだ。
私たちは、本当はどういうことを知りたいのだろう? 知るべきなのだろう?
私たちはあまりにも安直に"わかりやすさ"だけを求めていないか?
今回ご紹介する本は、そうした疑問を解くにあたっての非常に大きな示唆を持つ。
著者は大阪府出身のフォトジャーナリスト。高校生時代、一ノ瀬泰造『地雷を踏んだらサヨウナラ』に感化され、写真家を目指すことを決意する。そして大学在学中に阪神淡路大震災を経験。この被災体験によって「人にカメラを向ける重さ」を知ることになる。しかしここでの挫折がカメラマン渋谷敦志の本当の出発点となったように思う。
その後、渋谷はブラジルに渡り1年間の留学を経て、大学卒業後に釜ヶ崎のホームレス問題に取り組みながら撮影した写真が、国境なき医師団のフォトジャーナリスト賞を受賞。以後、世界各国を渡り歩く報道写真家としての活躍が始まる。
彼の被写体となる人々は、難民、生活困難者、飢えてやせ細った子どもたち、ストリートチルドレン、紛争によって身体の一部を失くした人など......。その姿を世界に伝えるという報道写真家としての使命を全うする一方で、彼らをカメラに収めることの葛藤が常に付きまとう。
渋谷の葛藤は大きく2つある。
1つは、彼らを撮り続ける自分は一体何者なのか?ということ。阪神淡路大震災で被災者を前にして経験した後ろめたさ、感じた自身の無力さ、世界中の難民や生活困難者への無意識の"上から目線"、それはシャッターを押すことへの良心の呵責となり、渋谷を大きく悩ませることとなる。
そしてもう1つは、困難を生きる彼らとはわかりあえない、埋め難い溝があるということ。どんなに寄り添ってみせたところで、本当の悲しみや苦しみはわからない、真にわかりあうことなど出来ないという認識。人々の"まなざし"の奥にある長い人生は会った瞬間早々にわかるはずがないのだ。
だが、この葛藤こそが彼のフォトジャーナリストとしての、人としての最も重要で貴重な部分なのだ。
逆に言えば、自分の仕事を正しいと信じて疑わないこと、わかった"つもり"でいるだけのことを「わかった」と勘違いしてしまうことほど怖いことはない。渋谷の姿勢はそうした欺瞞とは対極にある。
むしろ彼は、わからないという事実、わかりあえないことこそ出発点だと語る。それは世界で目撃してきた多くの悲劇と人々との葛藤、そして見つめ返してきた"まなざし"の奥に透けて見える人々の人生に思いを馳せることを、常に怠らなかったからこそ獲得できた視座ではないかと思う。
最終章、東日本大震災の行方不明者を探す消防団の人々との交流は、やはり大きな葛藤を伴うものだったが、しかし"わからない"ということの奥にある人々の悲しみ、怒り、やり切れなさ、そして日常を紡ぎ出していくプロセスを経て導かれた結論に、読者は静かな感動を覚えるのではないか。
私たちが知りたいこと、知るべきことは、"わかりやすさ"の中では決してなく、"わからない"ことの中にこそあり、時間をかけて紐解いていくことに大きな価値がある。
この書評欄を引き受けるにあたって、「感動」という言葉を使うことだけは避けたいと思っていた。だが早くも2回目の書評で、本書にこの言葉を用いることに、私は何のためらいもない。
- 『牙』三浦英之 (2019年5月9日更新)
- ときわ書房志津ステーションビル店 日野剛広
- 1968年横浜市生まれ 千葉県育ち。ビールとカレーがやめられない中年書店員。職歴四半世紀。気がつきゃオレも本屋のおやじさん。しかし天職と思えるようになったのはほんの3年前。それまでは死んでいたも同然。ここ数年の状況の悪化と危機感が転機となり、色々始めるも悪戦苦闘中。しかし少しずつ萌芽が…?基本ノンフィクション読み。近年はブレイディみかこ、梯久美子、武田砂鉄、笙野頼子、栗原康、といった方々の作品を愛読。人生の1曲は bloodthirsty butchers "7月"。