『大奥』

●今回の書評担当者●紀伊國屋書店松戸伊勢丹店 平野千恵子

  • 大奥 第3巻 (ジェッツコミックス)
  • 『大奥 第3巻 (ジェッツコミックス)』
    よしなが ふみ
    白泉社
    350円(税込)
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横丁カフェを引き受けるに当たり実は私には一つの野望がございました。それはもし担当期間中にこの作品の新刊が出たならばぜひとも紹介したいというもの。ついにその願いの叶う時が到来いたしました。

時は江戸時代、八代将軍徳川吉宗の御世。しかしながら我々の知っている歴史と違うのは、若い男子だけがかかる謎の疫病の流行によりその数が女子の1/4にまで激減、その為男女の役割が逆転してしまった日本が舞台なのです。将軍は女、となればもちろん大奥は美男三千人――女人禁制、男の城。

ほんっとうに面白いマンガなのだ。もし私に権力があったなら(笑)、ぜひとも芥川賞とか直木賞を差し上げたい。いや、ムリだけど。というか別にいらないだろうけど。この作品がマンガだけど小説と比べても遜色なく素晴らしいから、なんて言ってるんじゃ全くないのよ(って誰に言い訳しているのか、いしかわじゅんか)。でもマンガということで、彼女を知らない人達はやっぱりまだまだ沢山いるだろうからそういう方々に読んでいただきたいのだ-。デビュー以来よしながふみは私の好きなマンガ家ベスト10から外れたことがない。どんなに泣けるシーンでも笑える場面でも登場人物を俯瞰しているような客観性や間の取り方、すごく頭のいい人だと思う。そして日常に潜む孤独との向き合い方。他人に優しくしたり、相手の気持ちを想像したり、笑いあったりケンカをしたりしながら一緒にいること、ユーモアを忘れないことの大切さをさりげなく描いている。あと物事の見方がものすごくフラットというかフェミだな。ハッ、私ってばいつの間にか無意識のうちに男だから女だからだとかに縛られてたんだ !と気づかされることもしばしば。もちろん性別じゃなく、ましてやお手軽な自己肯定でもなく自分らしく生きようとすることは苦しみを伴うことだというのもちゃんと踏まえたうえで。彼女の物語には料理の上手な男がよく出てくる。

だけど『大奥』はこれまでの作品とはちょっと立ち位置が違う。逆転が当たり前の吉宗時代から始まった物語は、2・3巻ではどうやって女将軍が誕生したのか家光の頃に溯り、春日局やお万の方もちゃんと正史と同じ立場で登場している。"きゃ-吉宗さま素敵-?"とミーハーに騒いでいた私も2巻目以降のその非情なまでの展開に息を呑むばかり。女故の男故の苦悩に覚悟にあえてこだわって描くことで、歴史が変わろうとする時の大きな波に翻弄される人として生きることの哀しみがより一層伝わってきて時に辛すぎるくらいだ。

さてもしこの『大奥』がお気に召して他の作品を読んでみたいと思った方へ。よしながふみには特殊マンガもございます。どちらも描いてることは同じだと思いますが、ダメな人は絶対に受け付けられないジャンルですのでどうぞお気をつけ下さいまし。読めない人はものすごく損してると私は思いますが責任を負いかねまする。

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紀伊國屋書店松戸伊勢丹店 平野千恵子
紀伊國屋書店松戸伊勢丹店 平野千恵子
終わりかけとはいえバブルの頃に、本と芝居が好きだというだけで今の店に就職決めました。紀伊國屋書店新宿本店にて辞書・児童書・語学・雑誌、文学新刊担当を経て、松戸伊勢丹店に勤務。初めての別天地でドキドキの毎日を送っている。最近思うのは、今の私を作っているのは若い時読んだラノベと漫画だということ。私の話す怪しい知識の殆どはここから来てます。ここ数年”締切ギリギリ人生脱却”目指し奮闘中ですが、果たして毎月の原稿の遅さに担当の方の胃に穴が開かないことを祈っております。