『21世紀を憂える戯曲集』

●今回の書評担当者●紀伊國屋書店松戸伊勢丹店 平野千恵子

ごめんなさいと最初に申し上げておきます。今回かなり趣味に走ってます。
戯曲です。
演劇に興味はないけど戯曲は読んでいるっていう人は、いくら本が好きでもあまりいませんよね。そのお芝居を観たか観たいと思っている人がほとんどではないでしょうか。個人的な考えになりますが、戯曲そのものと、それを使った舞台でさえも似て非なるものだと思っています。やはり上演されて初めて、役者の身体を使って、光と音を使って、時間も場所も飛び越えて、客席まで巻き込んで、あの狭い板の上に同じものの二つとない一瞬で永遠の無限の異空間が作られた時に初めて平面に書かれた文字が立体的に立ち上がってくると感じるからです。

なのにあえてご紹介いたしますこの戯曲集、ただもうすごいの一言です。
収録されているのは3つ。9.11同時多発テロ、イラク戦争・・・出口のない世界情勢や現代社会の問題を顔の見えない悪意を、自由自在に疾走し歴史を屈折させることで、寓話として物語世界に投げかけています。
2003年上演『オイル』は人類初の原爆を投下され降伏する1945年夏の終戦前後の島根県が舞台。征服する側=アメリカ占領軍と征服される側=日本に、時空を超えて国譲り(実は国盗り)の神話古事記の世界が交錯、そしていつしか物語は私たちの知っている現代にシンクロしてきます。
2006年上演『ロープ』の"ロープ"とは四角いジャングル、プロレスリングのこと。リングの下に住み着いたミライからやってきた女と、「プロレスは八百長じゃない」と思いつめるあまりに引きこもりになったレスラーが出会う。やがて試合の実況中継を始めた彼女の目の前で、「戦い」は際限なくエスカレートしていき・・・。最後の数ページで物語が遠い未来と過去を結んだ時の衝撃は忘れられないです。
そして2007年上演、今月3日に発表された第15回読売演劇大賞を獲った『THE BEE』は筒井康隆の『毟りあい』(『メタモルフォセス群島』収録)が原作。脱獄犯に家族を人質にとられた会社員が逆に犯人の家族を監禁するという内容。報復に報復が重なり終わらない暴力の連鎖に落ちていく平凡な人間に潜む狂気が描かれています。

う~わ~、ダメです。こんなあらすじじゃすごさが伝わらない~。
野田世界は美しい。そして残酷。悲劇的な詩のように。人間の愚かな過ちを知らない青空のように。何か起こる前の一瞬の静けさのように。美しく残酷な言葉が重なり合って喚起された 様々なイメージがラストに繋がる時本当に胸が震えます。
野田秀樹は天才だ。簡単にこの言葉を使いたくないけれどこう言わずにはいられません。もし野田作品の中であなたが好きなものを3つ挙げてみてと言われたら、悩んで悩んで2つ選んで、最後の3つ目は次の新作にあけておくしかない。

舞台を観ていない人がこれを読んでどう感じるか気になります。

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紀伊國屋書店松戸伊勢丹店 平野千恵子
紀伊國屋書店松戸伊勢丹店 平野千恵子
終わりかけとはいえバブルの頃に、本と芝居が好きだというだけで今の店に就職決めました。紀伊國屋書店新宿本店にて辞書・児童書・語学・雑誌、文学新刊担当を経て、松戸伊勢丹店に勤務。初めての別天地でドキドキの毎日を送っている。最近思うのは、今の私を作っているのは若い時読んだラノベと漫画だということ。私の話す怪しい知識の殆どはここから来てます。ここ数年”締切ギリギリ人生脱却”目指し奮闘中ですが、果たして毎月の原稿の遅さに担当の方の胃に穴が開かないことを祈っております。