『君の望む死に方』

●今回の書評担当者●紀伊國屋書店松戸伊勢丹店 平野千恵子

一人の男がいます。勤めていた大手電機メーカーを退職し盟友と共にベンチャー企業を興した彼は、技術開発は友に、自分は経営に専念することで役割分担して会社を育ててきました。30年以上の時が流れ、優れた技術者であった友の開発したシステムにより今では世界でもトップシェアを持つほどの優良企業へと成長させた彼は、先日すい臓がんに侵され余命6ヶ月と宣告され、人生の幕引きに自ら殺されることを選びここに来ました。 
そしてもう一人の若い男。もうじき海外赴任しなくてはならない彼は、日本にいる間中にどうしても復讐しておきたい男がいます。しかし社会的地位の高い相手と二人きりになれる機会はなかなかなく、今回を最後のチャンスと考えここに来ました。
研修の名の下に熱海の保養所に集まった6人とゲスト3人。
"殺される"ことを受け入れ"殺させよう"とする男と、そんな相手の思惑に気がつかないまま"殺そう"とする男───。

この小説はいわゆる「倒叙ミステリー」です。読んでいる私たちは最初から何故殺そうとするのか、殺されようとするのか、殺人に置ける最も重要な要因の一つである動機がわかっています。知らないのは当事者を除いた登場人物たちだけ。その中で同じように何も知らないはずの探偵役?碓氷優佳は、ただそこにある事象に見え隠れする違和感や疑問を頼りに抜群の洞察力で持って想像し、試し、誘導し、推理することで"殺人"の計画を看破していきます。
優佳が謎を明らかにしてゆくところはもちろん、"犯人"と"被害者"との心理戦、"被害者"はこれから自分が誰に殺されるのか知っていることに"犯人"が気づいていない(それどころか殺しやすいように"被害者"側がいろいろな準備をしている)という倒錯した部分がドキドキさせます。

果たしてすべての謎を解いた優佳がどう片をつけるのか。
唐突ですが「正しい」ってどういうことでしょう。とても単純にまとめてしまえば、自分の中の常識と社会のそれとの折り合う点かな、と思っています。ものすごく乱暴な例えですが、もし今目の前の信号は赤だけど全く車が来てない状況だったら自分の判断責任で渡る。でもその時に隣にまだ自分では判断能力のない小さな子供がいたとしたら、どんなに車が来なくても青信号になるまでは渡らない、そういうことかなと(あくまで例えです)。
優佳はある意味自分の信じるものに従って生きている人間だと思います。それが彼女を他のミステリーに出てくる探偵と違った存在にしています。

面白いです。それもそのはず、この「倒叙」シリーズ前作の『扉は閉ざされたまま』は2006年度『このミステリーがすごい!』の国内編第2位になっているのですから。今回はゲストとして登場しているので若干部外者的立場になっていますが、『扉~』を読んでいただければ優佳の人となりがより一層はっきりしてきます。1冊ごとに完結していても通常ならシリーズものの場合順番に読むことをお薦めいたしますが、これは逆に読んでも大丈夫。というか、そうするとものすごく驚いてしまうことがあるはずです。

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紀伊國屋書店松戸伊勢丹店 平野千恵子
紀伊國屋書店松戸伊勢丹店 平野千恵子
終わりかけとはいえバブルの頃に、本と芝居が好きだというだけで今の店に就職決めました。紀伊國屋書店新宿本店にて辞書・児童書・語学・雑誌、文学新刊担当を経て、松戸伊勢丹店に勤務。初めての別天地でドキドキの毎日を送っている。最近思うのは、今の私を作っているのは若い時読んだラノベと漫画だということ。私の話す怪しい知識の殆どはここから来てます。ここ数年”締切ギリギリ人生脱却”目指し奮闘中ですが、果たして毎月の原稿の遅さに担当の方の胃に穴が開かないことを祈っております。