『智天使の不思議』二階堂黎人

●今回の書評担当者●有隣堂アトレ新浦安店 広沢友樹

7月24日(金)国立本店→増田書店

小学生のころの文集には将来の夢は探偵になると書いていました。しかし、現実社会では私立探偵が殺人事件に助言するということは皆無なんだと気付いたときには、かなり残念な気持ちになったものです。綾辻行人の「十角館の殺人」から10年経った1997年に僕は大学に入学し、むかえた夏休みに二階堂黎人の「聖アウスラ修道院の惨劇」(講談社文庫)を手にしました。昭和40年代前半、国立の一ツ橋大学理工学部数学科に在籍する二階堂蘭子は、その卓越した直感型帰納的推理法によって、混迷を極める連続猟奇殺人事件に解決の光をあてます。

今回紹介する二階堂氏の最新作は、残念ながら二階堂蘭子の登場はありませんが(新名探偵水乃サトルです)、その装丁はまさしく二階堂作品の本流をゆくテイストに仕上がっており、不気味な不安が漂います。しかし、その不気味さだけが二階堂作品の魅力のすべてではありません。
霧舎巧さんが文庫本の解説で述べているように、意外な人物を犯人にして「ほら意外だったでしょ」で終わってはサスペンスにしかならないし、猟奇的な死体を登場させて、実は黒魔術でしたではホラーになってしまいます。本格推理小説とは、そう思わせて、合理的な理由があったことを説明する物語なのです。
その「本格」の最右翼と目されているのが、二階堂黎人その人です。

1953年冬に起きた殺人事件は、警察の執拗な捜査をもってしても時効を迎えてしまいます。なぜか...?ベテラン刑事2人が容疑者として完全にクロだと確信をもって目星をつけていた、20歳そこそこの旧華族の娘が主張する鉄壁のアリバイを、どうしても崩せなかったのです。その無念さが残る1987年秋、彼女の元夫が不可解な死をとげます。話を聞いた水乃サトルが事件解決に乗り出すが、はたして...。

近年「本格」作家自身の活動はとても活発です。本格ミステリ作家クラブの設立、本格ミステリベスト10(原書房)や本格ミステリーワールド(南雲堂)などの年次刊行物、相互の評論も多く、彼らの作品への意気込みと愛は深いです。そのなかにおいて二階堂氏が牽引役を担っている部分は大きく、応援したくなります。

より多くの人に本格推理小説を味わってもらいたい。
彼らの挑戦状に挑んで驚愕したり、または「よしッ、わかった!!」と閃いていただきたい。
僕からは法月綸太郎「頼子のために」(講談社文庫)と森博嗣「そして二人だけになった」(新潮社文庫)を推薦します。ガイドブックとして「本格ミステリクロニクル300」(原書房)は間違いなく秀逸です。

今回は二階堂蘭子が活躍する国立をぶらぶらしました。「本格ミステリの現在」(国書刊行会)には「地獄の奇術師」関連マップがあります。毎月一度、蘭子たち推理小説愛好家が集まり、ミステリィ談義に興じる「殺人芸術会」が開かれる喫茶「紫煙」は存在しませんが、大学通り周辺にはモデルになりそうな雰囲気ある老舗カフェがひっそりと営業しています。

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有隣堂アトレ新浦安店 広沢友樹
有隣堂アトレ新浦安店 広沢友樹
1978年東京生まれ。物心ついた中学・高校時代を建築学と声優を目指して過ごす。高校では放送部に所属し、朗読を3年間経験しました。東海大学建築学科に入学後、最初の夏休みを前にして、本でも読むかノと購買で初めて能動的に手に取った本が二階堂黎人の「聖アウスラ修道院の惨劇」でした。以後、ミステリーと女性作家の純文学、及び専攻の建築書を読むようになります。趣味の書店・美術展めぐりが楽しかったので、これは仕事にしても大丈夫かなと思い、書店ばかりで就活を始め、縁あり入社を許される。入社5年目。人間をおろそかにしない。仕事も、会社も、小説も、建築も、生活も、そうでありたい。そうであってほしい。