『「神様のカルテ」 』夏川草介

●今回の書評担当者●有隣堂アトレ新浦安店 広沢友樹

2月22日(月)未来屋書店東松本店 リブロ松本店
先日NHKで救急医療に従事する若手女性医師の奮闘ぶりを目の当たりにしました。眠る暇もないその仕事には、的確な診断とすばやい判断が求められ、まさしく激務と呼ぶに相応しい戦場でありました。僕は病院が嫌いではありません。この社会において、人間を見る、人間と接する、尊厳と慈愛、奉仕の最後の現場であるように思えてならないからです。

今回ご紹介するのは、信州松本、本庄病院で内科医勤務5年目(新婚)を迎える栗原一止(いちと)医師の物語です。白い巨塔から離れ、地域医療、それも24時間365日対応を掲げる病床数400床を数える本庄病院の1日は、都内のERに勝るとも劣らない忙しさと緊急事態に満ち溢れています。
「私は内科医だと念じてみたところで、骨折が肺炎に変わるわけではない。」
当直時には、内科医の名札を救急医に差し替えて仕事に臨むその姿勢は、中小規模の書店で複数ジャンルを抱える書店員の姿と重なり、勇気をもらえます。

さてそんな一止医師にも帰る家があり、かわいい細君(写真家)がいます。しかし彼らの愛の巣である築20年、トイレ、風呂、キッチン共用の幽霊屋敷「御嶽荘」には、「ようこそ社会の底辺へ」と呼ばれるような奇妙奇天烈な住人たちが顔を覗かせるのです。洋酒とパイプを愛する年齢不詳の絵描き「男爵」、大学院で?年間ニーチェ研究に勤しむ「学士殿」との友情は、古き良きめぞん一刻のようで、話をいっそう盛り上げてくれます。まさに泣きどころをおさえたこの配役によって、死と向き合う医療の現場とはまたひとあじ違った心温かな場面に、私たちは彼らと一緒に立ち会うことができるのです。

「神様のカルテ」が心を打つのは、この社会で懸命に生きている人々の、そしてまた病をもった人々の孤独を、人の輪が、人間の繋がりががっちりと支えていけるんだと力強く示してくれていることです。そういう作品だから20万人をも超える人々に、ただ読まれたというよりも愛されているのではないでしょうか。

寂しさに素直になれない人にぜひ読んでもらいたいです。
そうすれば世界はもっと優しくなれる。

今回の舞台は100%信州松本です。というわけでなんのめども立てず、特急スーパーあずさに飛び乗りいざ松本へ。もちろん日帰りです。駅ビルの改造社書店(入り口正面什器にどどんと郷土の本)で地図を買い、記述に照らし合わせて眺めてみると、ばっちりな病院が存在します。未来屋書店東松本店では、レジ横にて「当店の鉄板本!!ご当地事件簿」の手作り大看板のもと、中津文彦の「あずさ松本駅殺人事件」(光文社文庫)が豪快に面陳されています。これがなんと、東野圭吾、佐伯泰英、ダンブラウンよりも手に取られ2009年上半期売上No.1だったとか。思わず「マジかよッ!?」と声に出るほど驚愕しました。神様のカルテも新刊台の一角に8面積みで嬉しくなります。
リブロ松本店では「日々」という雑誌があるのを初めて知りました。
最後に開智学校と松本城を見て帰路に着きました。

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有隣堂アトレ新浦安店 広沢友樹
有隣堂アトレ新浦安店 広沢友樹
1978年東京生まれ。物心ついた中学・高校時代を建築学と声優を目指して過ごす。高校では放送部に所属し、朗読を3年間経験しました。東海大学建築学科に入学後、最初の夏休みを前にして、本でも読むかノと購買で初めて能動的に手に取った本が二階堂黎人の「聖アウスラ修道院の惨劇」でした。以後、ミステリーと女性作家の純文学、及び専攻の建築書を読むようになります。趣味の書店・美術展めぐりが楽しかったので、これは仕事にしても大丈夫かなと思い、書店ばかりで就活を始め、縁あり入社を許される。入社5年目。人間をおろそかにしない。仕事も、会社も、小説も、建築も、生活も、そうでありたい。そうであってほしい。