『のぼうの城』

●今回の書評担当者●精文館書店中島新町店 久田かおり

 「はじめまして」今までの人生で何度この言葉を発しただろう。誕生・入園・入学・就職・結婚...けれど今回ほど不特定多数の方々に向かって言うのはそれこそ初めてだな。せっかくなのでもう一度。「はじめまして。1年間どうぞよろしくです」いや、自分で言うのもナンだけど初々しい。

 そんな初々しい私がオススメする記念すべき第一号は、これだ!
 時は天正18年、信長亡き後天下統一を目指す秀吉は関東の王北条氏を討つため小田原城へと向かった。迎える北条氏直は籠城策を決め支城に対し兵を率いての入城を求めた。この小説の舞台となる忍城もそんな支城の一つである。そして我が愛する主人公"のぼう様(でくのぼうに様をつけた呼び名)"はこの忍城当主氏長の従兄弟にあたる成田長親である。この長親ののぼう状態がすさまじく笑える。よくもまぁここまで言われたものよと思うほどの描写である。醜男で愚鈍で無能で役立たずなのだ...しかしこのでくのぼうぶりが敵将三成最低最悪の戦となる忍城水攻め撃破の基盤となるのである。

 城代となったのぼう様と共に戦う成田家三家老がこれまたすばらしい。朱の槍を持つ猛将正木丹波。兵書をこよなく愛する戦未経験自称毘沙門天の生まれ変わり酒巻勒負。そしてなにかと丹波にライバル心を燃やす巨漢の豪将柴崎和泉。彼らはたった500騎でもって石田軍2万3千騎を迎え撃つのである。いやもう痛快である。爽快である。日本人の判官贔屓をズドンと刺激するのである。それぞれが地の利人の利を生かした戦法で石田軍を叩きのめす場面では思わず「ひゃっほぉっ」と叫んでしまうほどだ。しかしその勝利が三成の戦魂に火をつけてしまった。

 「忍城水攻め」ここからがクライマックスである。天主を除き水没した城をいかにしてのぼう様は守ったのか、その秘策とは...あぁ書きたいっ。しかしこれを書いてしまうと読む楽しみが無くなってしまうのだ。いやいや残念。とにかく読後、なんとも言えない遠赤外線的温かさに包まれるのである。いい。これはいい。とにかく読んで損無し、満足必至。老いも若きも男も女も心底楽しめるエンタテインメント時代小説なのだ。時々出てくるワンポイント歴史講座も親切だ。

いや、これはぜひとも某放送局年末恒例ぶち抜き時代劇に採用してもらいたい。視聴率40%間違いなしだ。

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精文館書店中島新町店 久田かおり
精文館書店中島新町店 久田かおり
「活字に関わる仕事がしたいっ」という情熱だけで採用されて17年目の、現在、妻母兼業の時間的書店員。経験の薄さと商品知識の少なさは気合でフォロー。小学生の時、読書感想文コンテストで「面白い本がない」と自作の童話に感想を付けて提出。先生に褒められ有頂天に。作家を夢見るが2作目でネタが尽き早々に夢破れる。次なる夢は老後の「ちっちゃな超個人的図書館あるいは売れない古本屋のオババ」。これならイケルかも、と自店で買った本がテーブルの下に塔を成す。自称「沈着冷静な頼れるお姉さま」、他称「いるだけで騒がしく見ているだけで笑える伝説製作人」。