『有栖川有栖の鉄道ミステリー旅』有栖川 有栖
●今回の書評担当者●精文館書店中島新町店 久田かおり
断言する。
私は鉄子ではない。決してない。だいたい路線図も時刻表も読めない。
なのに、この『有栖川有栖の鉄道ミステリー旅』を読んでいるうちに自分の鉄道にまつわる思い出がふつふつと湧き上がるのを止められなくなるのはなぜだ。そして誰かに聞かせたくなるのはなぜだ。
仕方が無い、語ろう。久田的ヰタ・テツアリスを。
子供の頃の夏の旅行は信州と決まっていた。父親が信州好きだったというのがその理由。最近は車での旅行ばかりになってしまったけど、あの頃はいつも鉄道での旅だったな。車内で食べる峠の釜飯、美味しかったなぁ。毎年持ち帰っていたあの器、どうなったんだろう...
鉄道と言えばどこまでも続く線路。そう、昔は線路って自由に入り込めたんだよね。小学生の時、従姉妹と一緒にスタンドバイミーみたく線路の上を歩いていたら列車が来て必死で逃げたことがあった。けど迫り来る列車よりも怒った親のほうが怖かったな。
夜行列車に乗ったこともある。仙台で行われる試合に参加して次の日の試験を受けるため夜行で帰ってきたんだけど。夜行の終着駅で名古屋行きの始発までの数時間をホームのベンチで寝て待ったんだよね。一応花の女子大生だったんだけど、私たち...
鉄道にまつわる失敗ってのも少しあるな。
毎日乗っている電車の乗り換えに失敗して今来た路線をまた戻ったり、行き先を確かめずに飛び乗ったら隣の県まで行ってしまったり、間違えて乗ったノンストップ特急を車掌さんに泣きついて止めてもらったり。少しじゃないか、結構あるか。
乗りテツ有栖川氏はそういう失敗はしないのだろうか。しないよな、すみません。
このエッセイの中で有栖川氏は実に楽しそうに旅をしている。
乗りテツは鉄道に乗ることが目的だからひたすら終着駅まで乗って行って、そのまま戻って来るなんて旅を繰り返すのだ。これは究極の道楽なのかもしれない。ものすごい贅沢な時間の過ごし方なのだ、きっと。
東にダムに沈む線路があると聞けば駆けつけてその車窓の全てを目に焼き付け、西に廃線になる路線があると聞けば終点まで行って深呼吸をする。そんなテツに私はなりたい...
そうか、私は鉄子になりたかったのか。全く気付かなかった。では、手始めに地図を買おう。それから時刻表も買おう。まずは脳内路線でシュミレーションしてからだな。そしていつか立派な乗りテツ書店員としてデヴューしよう。ってどこにだよ。
- 『おそろし ― 三島屋変調百物語事始』宮部 みゆき (2008年10月9日更新)
- 『美女と竹林』森見登美彦 (2008年9月11日更新)
- 『マイ・ホームタウン』熊谷 達也 (2008年8月14日更新)
- 精文館書店中島新町店 久田かおり
- 「活字に関わる仕事がしたいっ」という情熱だけで採用されて17年目の、現在、妻母兼業の時間的書店員。経験の薄さと商品知識の少なさは気合でフォロー。小学生の時、読書感想文コンテストで「面白い本がない」と自作の童話に感想を付けて提出。先生に褒められ有頂天に。作家を夢見るが2作目でネタが尽き早々に夢破れる。次なる夢は老後の「ちっちゃな超個人的図書館あるいは売れない古本屋のオババ」。これならイケルかも、と自店で買った本がテーブルの下に塔を成す。自称「沈着冷静な頼れるお姉さま」、他称「いるだけで騒がしく見ているだけで笑える伝説製作人」。