『スワン』呉 勝浩

●今回の書評担当者●精文館書店中島新町店 久田かおり

「サバイバーズギルト」という言葉がある。災害や事件事故を奇跡的に生き延びた人が、生き残った自分を責め罪悪感にさいなまれることだ。穂高明著『これからの誕生日』(双葉文庫)やリアノン・ネイヴィン著『おやすみの歌が消えて』(集英社)などを読むとその理不尽さや辛さ、それを乗り越える困難さなどがよくわかる。『スワン』を読み始めたときもそういう話なのかと思っていた。

 ショッピングセンターで起こった無差別テロ。手製の銃と日本刀で手あたり次第に人を殺していく2人の犯人たち。日曜日の昼間、何が起こったのかわからないまま逃げ惑う人々。容赦なく撃ちこまれる弾丸、倒れたところを刺し抜く刀。まさに地獄絵図。ゴーグルにつけたカメラで録画した映像はSNSに流される。

 なんてこった。どんな事件だよ。ひどすぎる。意味わかんないし。と憤りながら読むのだけど、事件には謎が多すぎて全貌が見えない。いや、事件そのものは1時間ほどで終わる。犯人2人はそれぞれ自殺し前代未聞の事件として6分の1ほどのページ数で閉じる。

 けれど物語は、そこから始まるのである。

 被害者21名のうち多くは展望ラウンジにいた。そこが最大で最後の殺戮現場だ。その地獄を2人の女子高生が生き延びた。世間は1人に同情し、1人を責めぬく。大勢の匿名の言葉が「正義」の鉄槌を下す。安全なところから無責任な正論が投げつけられる。

 誰もが知りたがる。ラウンジで何が起こっていたのか。どんなひどいことがなされていたのか。知っているのは2人だけ。語られるのは1人の言葉。そこに「真実」はあるのか。

 物語は事件の生存者5名が謎の茶話会に招待されるところから動き出す。それぞれが語るあの日のこと。5人それぞれが抱える悲劇。そして語るウソ。そこに隠されている真実が少しずつ明らかになるが、一番知りたいラウンジで生き残った女子高生いずみは最後まで何かを隠し通している。なぜ。いったいなにがあったというのだ。

 なんだろう、この息苦しさは。

 あの日何が起こっていたのか。「真実」はどこにあったのか。すべてが明らかになってもなお消えない、いや、明らかになったからこそ消せないこの痛み。楽になる方法を選ぼうとしないいずみの複雑な思い、そしてこの先も続くであろう苦しみへの重い決意。

 理不尽と理不尽が重なり合うとき、そこに生じる暗闇の深さたるや。どうすればよかったんだ。ほかに何ができたというんだ。読後、それぞれに自問するだろう。 

 誰もが他人事でしか体験できないこの最悪の状況を、私も私の中で整理するにはまだ少し時間がかかるようだ。

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精文館書店中島新町店 久田かおり
精文館書店中島新町店 久田かおり
「活字に関わる仕事がしたいっ」という情熱だけで採用されて17年目の、現在、妻母兼業の時間的書店員。経験の薄さと商品知識の少なさは気合でフォロー。小学生の時、読書感想文コンテストで「面白い本がない」と自作の童話に感想を付けて提出。先生に褒められ有頂天に。作家を夢見るが2作目でネタが尽き早々に夢破れる。次なる夢は老後の「ちっちゃな超個人的図書館あるいは売れない古本屋のオババ」。これならイケルかも、と自店で買った本がテーブルの下に塔を成す。自称「沈着冷静な頼れるお姉さま」、他称「いるだけで騒がしく見ているだけで笑える伝説製作人」。