『フィッシュ・オン』開高健
●今回の書評担当者●東京堂書店神田神保町店 河合靖
「開高健」の作品を紹介したい。小説は勿論オススメが沢山あるが今回はノンフィクションを!
20代の時、会社の仲間と「東日本顔面凶悪釣行団」という椎名さん的なネーミングの釣りチームを結成した。
毎晩グタグタ飲んでいる仲良し6人組がいつも入り浸っている高円寺の酒場で、好きな作家話で盛り上がってきた時、釣りの神様が不意に舞い降りた!開高健先生の『フィッシュ・オン』談議で盛り上がり、酔いが増すにつれ「俺たちも釣りやらない?」「やらなきゃいけなんじゃないの!」と、どんどん話が進み、翌週には奥多摩の渓流に立っているという、仕事では考えられない位のスピードで、俄か釣り師6人組が誕生したのである。
渓流での釣りから湖の釣りへとフィールドも釣り方も変化し、月に1度は必ず近郊の釣り場へ、年に1度は泊りがけで遠出をするという具合に結構真面目に釣りに取り組んでいた。そんなパワーを授けてくれたのがこの一冊である。
この本の凄いところは、釣りの経験が無い人が読んでも面白いというのは勿論で読んでいると、何か匂いがしてくる感覚。濃い緑や土の匂い、雨の匂い、煙草の匂いなどまるで自分がその場にいるような高揚感に浸ることが出来るのである。(開高文学全般に言える)アラスカでのキング・サーモンとの闘いを手始めに9つの土地で釣り糸を垂らし仕上げは日本の銀山湖でイワナを狙う釣り師開高健の世界釣り歩きの記である。
この「銀山湖」の章がとにかく抜群に面白い。
先生、粘りに粘って何と58.5cmの深山の英雄を釣り上げてしまう。(最初に測ったときは64cmと数字が出たが念のためしっかりと測りなおしたら6cmも縮んだ?)言っておくが日本内地では尺サイズすらほとんどお目にかかれない! 釣り上げるまでのくだりはまるで釣り場にいるような臨場感に興奮する。
また、特筆すべき点はこの本、文庫だてらに造本が実に素晴らしいのだ。厚さは約1cmだがこれがいい感じの重量感がある。写真ページも多いのだが全ての頁が丈夫な紙質(保育社のカラー文庫のような感じ)で頁もめくり易い上に頑丈である。更に値段も710円(本体)と今時の文庫の値段と比較してもかなり安い。(「オーパ!」のシリーズはいずれも1,000円超え)新潮社やるな!と唸らせる。昭和49年に初版が出てから現在は46刷。是非このままの造りで版を重ねて欲しい。
最後になるが、実は我々、釣行団としては夢の銀山湖には行けていない。職場が変わったり消息すらわからない者がいたりして初代メンバーが揃うのはもうほとんど無理なようだ。僕は幸いにして3年前にあるフライフィッシングのチームに潜り込み銀山湖釣行は経験する事が出来たが少しばかり寂しい気持ちである。
- 東京堂書店神田神保町店 河合靖
- 1961年 生まれ。高校卒業後「八重洲ブックセンター」に入社。本店、支店で28年 間勤務。その後、町の小さな本屋で2年間勤め、6年前に東京堂書店に入社、現在に至る。一応店長ではあ るが神保町では多くの物凄く元気な長老たちにまだまだ小僧扱いされている。 無頼派作家の作品と映画とバイクとロックをこよなく愛す。おやじバンド活動を定期的に行っており、バンド名は「party of meteors」。白川道大先生の最高傑作「流星たちの宴」を英訳?! 頂いちゃいました。