『捲り眩られ降り振られ』白川道
●今回の書評担当者●東京堂書店神田神保町店 河合靖
無頼派と呼ばれる作家の小説やエッセイを好んで読んできた。
その中でも白川道先生は特別な存在であり、鮮烈なデビュー作『流星たちの宴』(新潮文庫)は一気読み。まさに寝食忘れる数時間を経験した数少ない1冊である。
新潮文庫版となってからは多くの人に読んで貰いたく、勤めている店は変われども必ずどの店でも平積みを続けてきた。
白川先生には昨年、奇跡的にお会いすることが叶い、1時間程至福の時間を過ごさせていただいた。新刊のサイン本を作るために、わざわざ東京堂書店にご来店下さったのである。平積みを続けていた事に対する新潮社営業部K氏の粋な計らいであったと聞いている。
しかし、この出会いが最後になってしまった。来店いただいた1週間後に信じられない訃報を聞くことになる。69歳という若さで大動脈瘤破裂により急死されたのだった。サイン本をたくさん作っていただき、世間話をして、帰り際には握手までしていただきとても元気だったのに。
今回はその『流星たちの宴』ではなく白川作品の中でも「この本だけは読んだ事が無い」という読者が意外に多い本書を紹介させていただきたい。
現在ギャンブルエッセイを読む事が難しい。残念ながら絶版が多いのである。
大好きな伊集院静の『夢は枯野を』(講談社文庫)や鷺沢萌の『祈れ最後まで、サギサワ麻雀』(竹書房)も今はもう読めない。樋口修吉や福地泡介の著書に至って全く読めない。エッセイのみならず小説も現在絶版が多く非常に寂しい思いでいっぱいである。
『捲り眩られ降り振られ』のおすすめポイントは登場する総勢22人の豪華ゲストにある。
ゲストのトップバッターは文壇でも何本かの指に数えられるギャンブラーとして有名な浅田次郎先生の登場!
競輪だけは馴染みが薄いという浅田先生に白川先生が競輪の魅力を語る。そして「競輪の推理というのは、まるで小説の構想を練るようなものだ」と唸る。人間が走るから面白い。その面白さは出走する選手の虚々実々のかけひきにある。なんでも浅田先生の父上は発祥当時からの競輪ファンで、競馬好きである浅田先生ことをさんざん虚仮にしたらしい。
以下、俵万智、黒川博行、藤原伊織、藤澤秀行、大沢在昌、小川洋子、重松清などのゲストが実際に白川先生のレクチャーを受け競輪を経験し、その魅力にハマル(ほとんどの方が競輪初体験というのも面白いところ)。
そしてラストを飾るのが作家白川道誕生のきっかけになった作品『檻』の著者であられる北方謙三先生。
白川先生はなんとこの北方先生との旅打ちを最後に競輪から身を引く宣言をする。
それはもう一度小説に向き合うためにだ。
「なにかを決心したときに、それを揺るぎないものにするには、最も愛するなにかを犠牲にすることだ。初心に返って小説を書くための時間を作る──その決心のため競輪を犠牲にした」と綴っている。
この決意のほどを某編集者を通じて北方先生に告げたら「一度だけ信用しよう」と笑っておられたらしい。実際、このエッセイ集の後に書かれた小説は数多い。
最後に、白川先生この40年で競輪に注ぎ込んだ額は都内のビルが買える程。具体的な金額や1日での最高の負け金など現実離れした金の動きについても本書に詳しく書かれているので、こちらもお楽しみに!
是非ともこの"超面白私小説的ノンフィクション"を手にとって欲しい。
また、そのためにも多くの書店様での常備を熱望する。
- 『フィッシュ・オン』開高健 (2016年5月6日更新)
- 東京堂書店神田神保町店 河合靖
- 1961年 生まれ。高校卒業後「八重洲ブックセンター」に入社。本店、支店で28年 間勤務。その後、町の小さな本屋で2年間勤め、6年前に東京堂書店に入社、現在に至る。一応店長ではあ るが神保町では多くの物凄く元気な長老たちにまだまだ小僧扱いされている。 無頼派作家の作品と映画とバイクとロックをこよなく愛す。おやじバンド活動を定期的に行っており、バンド名は「party of meteors」。白川道大先生の最高傑作「流星たちの宴」を英訳?! 頂いちゃいました。