『家族』山口瞳
●今回の書評担当者●東京堂書店神田神保町店 河合靖
山口瞳が大好きでこれまで多くの作品を読んできた。特に好きな作品は『居酒屋兆治』『血族』『家族』『日本競馬論序説』『草競馬流浪記』であるがこれら全て文庫すら絶版。人に薦めようにも仕入が出来ない状態であった。
小学館がペーパーバックで廉価版のP+D BOOKSという名著復刻を始めたのが2015年。その年に『居酒屋兆治』が、そして2016年には『血族』『家族』がラインナップに加わった。この事によってようやくお客様にお薦め出来るようになった。
2017年1月末にはサントリー広報部で開高健や山口瞳の担当編集者だった坪松博之さんの『Y先生と競馬』というタイトルの、ファンにはたまらなく魅力的な新刊が本の雑誌社から発売される。この事によって山口瞳ブーム再来を確信し、今回は再読しまくりの『家族(ファミリー)』を紹介したい。
『血族』『家族』という順番で書かれているがどちらから読んでいただいても問題は無い。『血族』が母親の生い立ちを探る物語であったのに対し『家族』は父親に向けられている。
この私小説を繰り返し読んでしまうのは、自分が今まで経験してきた事と強く被るためである。山口家とダブらせるなんてとんでもない勘違いだと百も承知なのだがこの小説を読むたびに恐ろしいほどの既視感を覚えるのである。
私の父親は印刷の職人だったが一つの所に腰を据えて働く事が出来なかった。腕はそれなりに良かったようで職にあぶれる事は無かったと聞いている。頻繁に友達だという人を家に呼んでは(いつも違う顔ぶれ)昼間から酒を飲んだりして母親が苦労していたのを覚えている。
『家族』の中で山口家が雀荘さながらの鉄火場になる描写があるが、我が家は一部屋に家族4人が暮らしていたためそこまでは行かなかったが......。
そんな理由もあり、家では決してやらなかったが雀荘での麻雀は頻繁に打っていたらしい。指には麻雀タコもあったので相当な打ち手だったのではないかと今では想像できる。お調子者で宵越しの金は持たないタイプ、そして寂しがりやで常に誰かとつるんでいないと駄目な人であった。
『家族』のひとつの読みどころとして競馬場の場面が多くあるが、類に漏れずわたしの父親も毎週やっていた。日曜の朝必ず競馬新聞を買いに行かされていた記憶があるので多分中央競馬だろう。小遣い目当てで自転車を飛ばしたものだ。
わたしは高校を卒業し、就職してから何年かは賭け事に無縁だった。絶対父親のようにはなるまいと強く思っており、誘いがあってもその度断ってきた。しかしある日親友から無理やり(半ば騙されて)競馬場に連れて行かれ、何レースかの馬券を買った。よくあるビギナーズラックという恩恵をこうむる事は無かったがレース中は妙に体が熱くなり血がたぎった。「これが、血の繋がりというやつなんだ」と実感した一瞬だった。
自分の中に眠っている父親の血があの時の競馬場で経験したように、いつ騒ぎ出すかわからない恐怖に少しだけ怯えている。
『血族』も『家族』も母と父のひた隠しにしていた真実、更には自分にとっても隠しておきたい部分をさらけ出し、血を吐くような思いで書かれた私小説である。
『家族』では作者「私」がたまたま競馬場で50年ぶりに出会った小学校時代の同級生と自分の過去探しを始め、詐欺罪で1年の刑期を勤めた過去を隠し続けて亡くなった父親の過去をも明らかにしてしまうのである。
この小説の「私」山口瞳は、読者である「わたし」をも操作し、過去を暴かせてしまう怖い人である。
小説もそうだが、「競馬もの」、「男性自身シリース」などのエッセイも、今もう一度読む事が出来たならどんなに嬉しいだろうか。
- 『リカ』五十嵐貴久 (2016年12月1日更新)
- 『安井かずみがいた時代』島崎今日子 (2016年11月7日更新)
- 『五〇年酒場へ行こう』大竹聡 (2016年10月6日更新)
- 東京堂書店神田神保町店 河合靖
- 1961年 生まれ。高校卒業後「八重洲ブックセンター」に入社。本店、支店で28年 間勤務。その後、町の小さな本屋で2年間勤め、6年前に東京堂書店に入社、現在に至る。一応店長ではあ るが神保町では多くの物凄く元気な長老たちにまだまだ小僧扱いされている。 無頼派作家の作品と映画とバイクとロックをこよなく愛す。おやじバンド活動を定期的に行っており、バンド名は「party of meteors」。白川道大先生の最高傑作「流星たちの宴」を英訳?! 頂いちゃいました。