『酒中日記』吉行淳之介/編
●今回の書評担当者●東京堂書店神田神保町店 河合靖
何度読み返しただろう。中公文庫になってからも友達に貸したり、進呈したりで
結局3回位は買い直していると思う。
酒にまつわる話はただでさえ面白いが、この日記風エッセイ集は書き手が凄いのだ。まずは、この本の編者である吉行淳之介の日記からスタートする。
時代は昭和41年。吉行淳之介が42歳の頃である。その日は、神田神保町のうなぎ屋から飲み始まり、仕事場の山の上ホテルに戻るまで6軒のハシゴ酒をしてその翌日の日記には強烈な二日酔の記述がある。そのいきさつが面白い。
開高健はこう綴っている。「ウイスキーを飲みつつ文章を書くのはむつかしい。酔って酔わず、さめてさめずという状態をコンスタントに保つのがむつかしいのである」。この頃の開高健は連載を二つだけに絞って、酒場にも行かずパーティーにもでず、毎夜、精進一途、小説を書いていた時期である。
安岡章太郎は北杜夫との意味不明の電話での会話がシュール。この頃の北杜夫は躁うつが激しかった時期であった。
このエッセイ集には実に32人の文人が登場するが一番過激なのは山田風太郎である。
大酒を飲み酩酊し寒風の中をさまよい歩いた事が原因で血尿が出るが、そんな事はおかまいなく徹夜で麻雀を打つ。山田風太郎はこう語る「麻雀は血尿をシタタラせつつやるに限る」と!
黒岩重吾はあの伝説の直木賞作家「新橋遊吉」との競馬&飲み話が炸裂。
野坂昭如は後藤明生と「五木寛之」について酩酊しながら論じ合い、星新一は広瀬正、豊田有恒、半村良、石川喬司とのSF話に花が咲く。
その他、直木賞発表を待つ(まさに発表当日の夜)作家の話も多く書かれている。
田中小実昌、阿刀田高、新しいところでは(昭和62年)山田詠美など、酒場や仕事場で関係者と飲みながら決定の瞬間を待っている姿も興味深い。
このエッセイを読んでいると、とにかく当時の作家たちは相手の家に押しかけて昼間から飲んだり、飲んでいる場所に相手を呼び寄せたりするのが頻繁であり、仲の良さを感じ、今の時代との違いを感じてしまう。
また、酒場の描写で、カード(ブラックジャック等)に興じる場面が多く出てくるがこれも時代を感じさせる。
この本には続編「また、酒中日記」があるので、是非とも続けて読んでいただきたい。
続編も源氏鶏太、梶山季之、立原正秋、檀一雄、五味康祐等々、日本を代表する文人たちが登場する。こちらも酒にまつわる話とともに交友関係が面白い。
ブログ主流で動いている今こそ、改めてこの文人たちの鮮烈な文章を堪能していただきたいと痛感する。
- 『家族』山口瞳 (2017年1月5日更新)
- 『リカ』五十嵐貴久 (2016年12月1日更新)
- 『安井かずみがいた時代』島崎今日子 (2016年11月7日更新)
- 東京堂書店神田神保町店 河合靖
- 1961年 生まれ。高校卒業後「八重洲ブックセンター」に入社。本店、支店で28年 間勤務。その後、町の小さな本屋で2年間勤め、6年前に東京堂書店に入社、現在に至る。一応店長ではあ るが神保町では多くの物凄く元気な長老たちにまだまだ小僧扱いされている。 無頼派作家の作品と映画とバイクとロックをこよなく愛す。おやじバンド活動を定期的に行っており、バンド名は「party of meteors」。白川道大先生の最高傑作「流星たちの宴」を英訳?! 頂いちゃいました。