『に・褒められたくて』ながさわたかひろ
●今回の書評担当者●啓文社 児玉憲宗
版画家ながさわたかひろは、ラジオ番組の生放送中、スタジオの吉田照美に電話し「描かせてください」と直談判するという、一か八かの勝負に出た。武蔵美の大学院版画コースを修了したものの、何をやっても中途半端で長続きしない時期が続いていた。やがて、東北初のプロ野球球団、東北楽天ゴールデンイーグルスが創設されたことを奮起のきっかけにし、《に・褒められて》という企画にたどり着いた。こうなったら、自分が大好きな人だけを描こう。大好きだという思いを込めて完成した版画を見てもらい、大好きな人に褒められたくて描くのだ。
十代のたかひろ少年は、山形の片田舎で毎夜、雑音入り混じるラジオに耳をこらして、吉田照美の番組を聴いた。彼こそ青春であり、特別な存在である。「いいよ」吉田照美はあっさり快諾してくれた。
後日、直接会って、撮らせてもらった写真をもとに何度も描画をやり直し製版を繰り返し遂に版画が完成した。一枚はもちろん本人にプレゼント。もう一枚にはサインとコメントを書き添えてもらい持ち帰る。
本書には、ながさわが大好きな人《に・褒められたくて》製作した版画が吉田照美を含めて三十作品掲載されている。もちろん、すべて、どうやって直接交渉し、完成した版画にどんな反応をされ、どんなやり取りがあった末に実現に至ったかという経緯も書かれている。
ながさわにとっては長い間、親しみ、憧れていた大好きな人たちだが、相手からすれば、会ったこともない男がいきなりやって来て唐突な依頼をするのである。最初の直談判は、ながさわにとって真剣勝負の瞬間でこの場面の緊張感は半端ではない。読んでいる私も、しばしば祈るような気持ちになる。しかし、少なくともここに登場する三十人はどこの馬の骨ともわからぬ男の申し出を、快くかどうかはともかく、引き受けてくれた。頼めばなんとかなるものである。
ながさわにとっては長い間、親しみ、憧れていた大好きな人たちだが、相手からすれば、会ったこともない男がいきなりやって来て唐突な依頼をするのである。最初の直談判は、ながさわにとって真剣勝負の瞬間でこの場面の緊張感は半端ではない。読んでいる私も、しばしば祈るような気持ちになる。しかし、少なくともここに登場する三十人はどこの馬の骨ともわからぬ男の申し出を、快くかどうかはともかく、引き受けてくれた。頼めばなんとかなるものである。
大きな声では言えないが、素人目にも、版画の完成度、楽しさにばらつきが見える。「大好き」という思いが作品に好影響をもたらせ、魅力を増す原動力になっている場合もあれば、「大好き」が邪魔をしている作品もあるのだ。そして、作品を受け取った相手の反応もそれぞれ。「買います」とまで言ってくれた映画評論家や、「この絵、何かに使わせてもらってもいいかな?」というミュージシャンがいたかと思えば、悲しいくらい低いリアクションの時もあった。それらの一部始終を知ることができるのだから、これはもう各分野で活躍する著名人を描いた版画作品集というより、一人の男の挑戦の記録である。
ながさわの書く文章には、プロの物書きから感じられる洗練さはないが、気取りや気負いや自分を大きく見せようというところがまったくなく、人柄がよく現れている。だから読む側は、応援者目線になる。直談判の場面ではともに緊張し、完成品に素晴らしいコメントを書き添えてもらえると、目頭が熱くなるほど感動する。
版画の隅々、文章の一言一句を見落としたくないと感じた至福の一冊だった。
そして、なによりも「道は自分で切り開くもの」というメッセージのこもった一冊だった。若者よ、読むべし。
- 啓文社 児玉憲宗
- 1961年広島県尾道市生まれ。高校を卒業するまで読書とはまったく縁のない生活を送っていましたが、大学に入って本の愉しみを知り、卒業後、地元尾道に拠点を置く書店チェーン啓文社に就職しました。(書店勤務は30年を超えました)。今のメインの職場は売場ではありませんが、自称、日本で唯一人の車椅子書店員。本は読むもの、売るものが信条ですが、魔がさして『尾道坂道書店事件簿』(本の雑誌社)というエッセイを出しています。広島本大賞実行委員。