『彼女に関する十二章』中島京子

●今回の書評担当者●啓文社 児玉憲宗

 書き出しのわずか十行ほどですっかり惹きつけられた私は思わずにんまりしている。間違いなくこの小説は面白いと確信からだ。買った自分を褒めてやりたい。

 結婚二十五年目を迎えた守と聖子は、一人息子、勉が大学院に進んでから二人暮らしだ。編集プロダクション・ライターとして働く守は、企業のPR誌で女性論を書くことになり、本棚から見つけ出した文庫、伊藤整の『女のための十二章』を参考文献にしようと読み直すことにする。「君も読んでみたら」という守の勧めもあって聖子も、この六十年前のベストセラーをタブレットで読んでみることにした。

 聖子の日常をたどるこの物語は、聖子と守が読み進める『女に関する十二章』に沿うように繰り広げられる。聖子の日常の出来事と各章の内容が絶妙にシンクロする妙味を私たちは味わうことになる。

 NPO法人の経理を手伝うことになった聖子。そこで出会った元ホームレスの初老の男、片瀬が気になってしかたがない。片瀬が意図的に実践する「お金を持たない生活」にも興味が募るばかりだ。

 作品では、片瀬の他に、初恋相手の息子、久世穣、守の弟でゲイの小次郎などユニークなキャラクターが登場し、味のある言葉を放つ。そして、時に、その言葉が、六十年前のベストセラーの内容と重なってくるのだから面白い。

 子育てを終え、手元から旅立ったとはいえ、聖子がどうしても気になるのは勉のことである。結婚どころか女の子とつきあったことさえないのではと不安でならない。

 作者も主人公も私と同世代。からだと生活環境の変化とその悩みが同時に押し寄せる五十代である。聖子や守が抱く微妙な感覚も、実感として理解できる。

 ある日、勉が家に連れてきたチカコは同棲している女だと言う。籍を入れるかどうかはともかくずっといっしょに暮らしていきたいというから驚きだ。そして、二人のことでさらに大きな心配の種が浮かび上がる。

 こうしてみると、過ぎてしまえば緩やかな小川のような流れにも似た平凡な暮らしとは、実は一大事の連続であった。その一大事を、人は悩み、動揺し、時に受け入れ、時に乗り越えながら進んでいく。

 私は、最初の一ページで、この本を選んだ幸せを実感した後、登場人物に大いに感情移入し、いっしょに悩み、動揺しながら最後の一ページまで物語を堪能した。

 中島京子著『彼女に関する十二章』は、私の今年度上半期ベスト小説である。

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啓文社 児玉憲宗
啓文社 児玉憲宗
1961年広島県尾道市生まれ。高校を卒業するまで読書とはまったく縁のない生活を送っていましたが、大学に入って本の愉しみを知り、卒業後、地元尾道に拠点を置く書店チェーン啓文社に就職しました。(書店勤務は30年を超えました)。今のメインの職場は売場ではありませんが、自称、日本で唯一人の車椅子書店員。本は読むもの、売るものが信条ですが、魔がさして『尾道坂道書店事件簿』(本の雑誌社)というエッセイを出しています。広島本大賞実行委員。