『ラチとらいおん』マレーク・ベロニカ

●今回の書評担当者●あおい書店可児店 前川琴美

  • ラチとらいおん (世界傑作絵本シリーズ)
  • 『ラチとらいおん (世界傑作絵本シリーズ)』
    マレーク・ベロニカ
    福音館書店
    1,188円(税込)
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 絵本を贈りたいという気持ち。それこそが神がくれたプレゼントかしら、と思うくらい、絵本を贈る行為は幸福だ。絵本売り場は幸せに満ち満ちている。その尊い場所で児童書担当だった私は次から次へと数多くの新刊を並べ続けたが、書店員になるまえからずっとベストワンだった絵本が、結局そのまま私の中で一番であり続けた。それが『ラチとらいおん』。この黒い表紙の小さな絵本だ。絵本を子供に贈るならカラフルな世界を、と大人は思う。私もさんざん売り場で言ってきた。「お子様が認識しやすいのは明るい原色です」と。

 しかし、私の勤めていた本屋は閉店したので、もうホントのことを言っちゃう。「黒です、本当に優れた絵本作家の仕事に触れるなら断然黒です」。子供は明るい光の中で輝いていてほしいと大人は願う。自分だって昔は天井のしみが怖い子供だったくせに。闇もまた光と同じだけあるということに蓋をして、早く寝なさいと、小さな瞼を閉じた闇の世界に放り出すなんて? 子供の先輩方、贈るなら黒です。

 ハンガリーで50年以上前に書かれたこの作品は母国よりも日本で読み継がれていると作者はインタビューで語っている。弱虫で、ひとりぼっちで、泣いてばかりいる男の子に寄り添う話を、私達日本人はよーく知っている。ラジオ体操のように刷り込まれた物語、そう「ドラえもん」だ。でも私が「ラチ」を思うとき、シンクロするのは「銀河鉄道999」の「鉄郎」だ。それは別れが強烈だから。「メーテル」役の「らいおん」は赤くて、ポッケに入る大きさで、信頼できかねる面持ちで「ラチ」に強くなるよう成長を促す。一緒に体操をすれば強くなると。

 しかしこの体操、ゆるい、ゆるすぎる。ものっそいテキトーで、ブートキャンプ率ゼロだ。このゆるだるな根拠ない体操がこの絵本の魂を凝縮している。印刷技術が当時粗かったのか、この線、この色でなければならないという格調高い芸術性がなく、ささ~、と描いたように見える技術(これ大事!)。なのに足すことも引くことも出来ない奇跡の匙加減の絵なのだ。可愛い、可愛いにもほどがある! 強さはもう既に君の心の奥底にあるんだよ、とらいおんは思っているハズと深読みしたい、でもこの顔、絶対何も思ってないだろう!としか思えない、メッセージ性なし100%とぼけてるらいおんの絵がもうキュート!

 ラスト、ラチが大事な人を守り、一人で立てる強さを得ると、引きかえに別れが。ポッケに入っていたのはただのリンゴ。「もう、ぼくがいなくてもだいじょうぶだよ。ぼくはこれからよわむしのこどものところへいって、つよいこどもにしてやらなくちゃいけないんだ」その手紙を読む時、隣にらいおんはいない。「らいおんはラチをじまんにおもっていることでしょう」もうたとえ会えなくても、自分を信じて誇りに思う人がいる、そう思うだけで孤独な魂は闇を怖れない。その闇は温かい。共に読めばなおさらです。クリスマスには是非、明るいカラフルな絵本と共にこの絵本を。

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あおい書店可児店 前川琴美
あおい書店可児店 前川琴美
毎日ママチャリで絶唱しながら通勤。たまに虫が口に入り、吐き出す間もなく飲 み下す。テヘ。それはカルシウム、アンチエイジングのサプリ。グロスに付いた虫はワンポイントチャームですが、開店までに一応チェック! 身・だ・し・な・み。 文芸本を返品するのが辛くて児童書担当に変えてもらって5年。