『日夏耿之介の世界』井村君江

●今回の書評担当者●今野書店 松川智枝

 大正から昭和にかけてのロマンチックでアバンギャルドな文壇ヘの憧憬は根強いものですが、私もその想いは強く、中でも憧れの的が、堀口大学と日夏耿之介の2人。

 堀口大学、長期の外遊で身に備わったと思われるそのスマートな出で立ちで詩を書くのですよ。一方、日夏耿之介、その人生において常に病がつきまとい、海外に出たことがなかったそうな。だからこそなのか、西欧文化・文学に通暁し、ゴシックロマンを絵に描いたような風雅なお姿。あぁこんな方達に出会ってみたかった、出来ることなら講義をお聞きしたかったと恋い焦がれます。

『日夏耿之介の世界』は、作品研究から日々の暮らし、文壇での関係やら師弟関係、豊富な写真によるストイックかつロマンチックな人となりまで、往時の生活の匂も感じられそうな1冊。

 日夏耿之介といえばわたしの中では『吸血妖魅考』の端正な翻訳が1番印象的でしたが、やはり詩人としての評価が1番重要なのだな、と改めて思い知った次第。本書でも繰り返し述べられるその詩集、写真も多数掲載されているその装丁の美しさは、実際手にできたら、と想像するだに物欲に身悶えしてしまいそうです。

 日夏詩についての論考を読むと、日本語、特に漢字の使い方に美意識を持っていたという詩、更に、全てが〈もの〉としての価値も兼ね備えた詩集で、他にもこのような詩人たちの詩集が数多く出版された時代であったことから、何ともきらびやかで華やいだ雰囲気を感じます。

 そして『サロメ』。三島由紀夫が日夏訳の台本で演出し、岸田今日子が主演。うーむ想像するだけですごそうだ......美・美・美。こんなものをリアルタイムで体感出来た世代が何とも羨ましい!詩作でも気を使っていた漢字、これに大和言葉をあてた翻訳は耽美の極みで、その研究は詳細、ゴシックロマンの何たるかを思い知りました。

 この『日夏耿之介の世界』、愛弟子の視線で編まれた数々の研究、エッセイで埋め尽くされ、その愛情と尊敬は計り知れません。ダンディで風雅な佇まいのお写真を見るだけでも、その深奥な知識とゴシック的才能に浴したいと思う人は少なくないはず。

 時代は繰り返すと申しますが、このような華やかなりし出版の時代がまた訪れるのだろうか、とちょっとセンチメンタルに想いを馳せます。

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今野書店 松川智枝
今野書店 松川智枝
最近本を読んでいると重量に手が震え、文字に焦点を合わすのに手を離してしまうようになってしまった1973年生まれ。それでも高くなる積ん読の山。