『アーサーとジョージ』ジュリアン・バーンズ

●今回の書評担当者●今野書店 松川智枝

  • アーサーとジョージ
  • 『アーサーとジョージ』
    ジュリアン・バーンズ
    中央公論新社
    3,240円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto

 ジュリアン・バーンズが好きです。ザッツ・イギリス人!的な皮肉と洒落に満ちたストーリーには、一杯食わされた、というかやられた〜という感じというか。現実と時間を消去するような読書が出来る作家の1人です。

 最新刊『アーサーとジョージ』、いつもと変わらずバーンズだ!買わなきゃ!読まなきゃ!と、普通のファンとして早速読もうとしたのはいいのですが、ほぼ何の予備知識も入れず、いつもの如く深く考えもせず、表紙も帯も外して読み始めました。

 すると、面白い。アーサーとジョージの対照的な子供時代が、テンポよく交互に描かれて、分厚い本もどんどん読み進みます。どこで2人は出会うのかな〜なんてワクワクしながら読んでいると、シャーロック・ホームズ? これアーサー・コナン・ドイルのこと?? あれ? 本当の話?? となって何故か慌ててしまいまして。

 急いで店で帯を確認したところ、"ヒストリーでありミステリー"、となっている......いやびっくりです。実在の人物とは思えないストーリーテリングです。

 シャーロキアンの方々には周知の事実なのかもしれませんが、正直シャーロック・ホームズは読んだことがあっても、作家の幼少期にまで感心はなかったので、お恥ずかしながら普通にびっくりしてしまいました。

 ジョージの方も実在する人物で、「鉄道利用者のための法律」を著したインド系イギリス人の事務弁護士。この著書の書影が文中に掲出されているページを開いて、これが事実を基にした小説であることを確信するのですが、2人が大人になり、事件が起こり、出会ってからは、ホームズもかくやというアーサーの探偵ぶりに、またもや事実に基づく話であることを忘れさせられてしまいます。

 静かで不器用でまっすぐな、森に立つ1本の木のようなジョージと、才能に溢れた華やかな日常、悩みと言えば美人の愛人との行末という大輪の薔薇のようなアーサー、2人の対照的な言動が、この時代の英国社会を浮かび上がらせ、帯の文言通り歴史小説としても楽しめます。そしてラストはシャーロキアンでなくてもお馴染みの交霊会、長い小説をすっきりと終わらせるバーンズの妙技がキラリ。

 今まで読んだジュリアン・バーンズ作品の中では最長編ではないかな、と思われるこの『アーサーとジョージ』、長さは全く感じません。ドイル伝として読むも良し、ミステリーとして読むも良し、歴史小説として読むも良し、海外文学を読むって実に快感だ!と改めて実感した1冊でした。

« 前のページ | 次のページ »

今野書店 松川智枝
今野書店 松川智枝
最近本を読んでいると重量に手が震え、文字に焦点を合わすのに手を離してしまうようになってしまった1973年生まれ。それでも高くなる積ん読の山。