『バベル九朔』万城目学

●今回の書評担当者●今野書店 松川智枝

 夢野久作の『ドグラ・マグラ』の幻想ミステリワールドを、気が狂うかしらんという危惧を抱きつつ読み終わったと思いきや、ああ、冒頭に戻ってしまった......と初めから読み直し、更に3回目、はさすがに途中でやめてしまったという経験があります。2.5回で終わっているのでそこまで重症ではないにしても、小説世界に取り込まれることはよくあります。その作品が何ものとも違うものであればあるほど。

 万城目学さんの小説は、デビュー作からずっと、書くもの書くもの全てが独特で、あぁ面白かった! と心から思う作品ばかりですが、最新作『バベル九朔』は、面白さに引力が加わって、今までの作品の中でも取り込まれ率ナンバーワンだと思います。

 相変わらず独特の万城目ワールドが展開し、自分の祖父を"大"付けで呼ぶクスっとくる理由とか、もはやそうめんのつゆの賞味期限にそんなに拘っている場合か? とツッコミを入れたくなるような場面とか、細かい笑えるエピソードが盛りだくさんなのですが、大筋はパラレルワールドのビルの階段をひたすら上って逃げる、というもの。上りきったところで謎は解けるのですが、あぁ『ドグラ・マグラ』の"スチャラカ・チャカポコ"再び...読み直し必至です。

 ただ『バベル九朔』は、取り憑かれたように読まなければ!という悪魔的な引力ではなく、ちょっと考えなければならない伏線を読み解く楽しさがあって、あれ? 何だったっけ? という自然な引力なのです。

 主人公が作家志望で、突然会社を辞め、新人賞に応募し続けるところは、おや自伝か? と、なかなかに苦労したんだな、と勝手に思ってみたり、〈言葉にする〉ことがキーワードとなっていることもあり、あぁ、声に出して何かを言うということにこれほど強い力がこもるものなのだな、普段の物言いにも気をつけなければ、と物語とは何の関係もなく反省してみたりと、"あるかもしれないファンタジー"には、読者を取り込む力が強いのかもしれません。

 よくこんなこと思いつくなぁと毎回楽しませてくれる万城目ワールドですが、今回は鹿になったりすることもなく、〈しゅららぼん〉な力を必要とする訳でもなく、ただ主人公の九朔と一緒に、息急き切って階段を上る世界を何回でも楽しめる小説です。

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今野書店 松川智枝
今野書店 松川智枝
最近本を読んでいると重量に手が震え、文字に焦点を合わすのに手を離してしまうようになってしまった1973年生まれ。それでも高くなる積ん読の山。