『優しいライオン』小手鞠るい
●今回の書評担当者●今野書店 松川智枝
以前、好きだった作家さんのエッセイを読み、自分と相容れない思考回路にぶつかって、以後作品を読まなくなるというもったいないことになってからというもの、小説家の要らぬ情報は入れないで作品だけを読む方がいいと思っていました。そんな中、思いがけず手にした『優しいライオン』(講談社)。
小手鞠るい先生の作品が、恋愛小説をほぼ読んだことのなかったわたしの狭量な読書経験を広げてくれたのは、恋愛の濃淡に関係なく、言葉がとてもリズミカルで綺麗だったからだと思うのですが、その理由が、詩が始まりだったこと、それもあのやなせたかしさんが作った『詩とメルヘン』という雑誌がデビューであったことに由来するんだと納得する、これは小手鞠先生のエッセイでもあり、詩人であり作家である2人の師弟関係から読むやなせたかし伝でもあります。
わたしが知るやなせたかしさんは、おしゃれで明るく元気なおじいちゃん、そして『アンパンマン』の作者、でした。弟さんが戦死されたことや自身の戦争体験から『アンパンマン』が生まれた、ということも知ってはいましたが、〈詩人やなせたかし〉の知識はほぼ皆無でした。
この『優しいライオン』では、小手鞠先生とのエピソード毎にやなせさんの詩が引用されていますが、中でも印象的だったのは、『詩とメルヘン』の編集前記でもあり、詩集でもある『ところであなたは...?』からの詩です。やなせさんは、何事も自分の中で完結させない方だったのだな、ひもじい子供に自分の顔をちぎって与えたアンパンマンはやなせさんであり、みんなで考えることを、一人一人が考えるパン種を詩にして与えてくれたのではないかと思います。師弟関係の思い出からは、弟子が美味しいパンになるための発酵を遠くから見守っているようなイメージが浮かび、世の中の何事も光速で進むようになった昨今、人と人とのつながりの中から自分で考え、人を待つ余裕を持ちたい、と思いました。
小手鞠るい先生のエッセイでもありやなせたかしさんの評伝でもあるこの『優しいライオン』には、要らぬ情報など一切なく、「人間なんておかしいね」とさらっと言えたやなせたかしさんの優しい生き方から、大切なことを学ぶ1冊となりました。
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- 今野書店 松川智枝
- 最近本を読んでいると重量に手が震え、文字に焦点を合わすのに手を離してしまうようになってしまった1973年生まれ。それでも高くなる積ん読の山。