『塹壕の戦争』タルディ

●今回の書評担当者●今野書店 松川智枝

〈戦争反対〉とか〈世界平和〉とか声を大にして言うのはちょっと......と、今の日本に暮らしていると気恥ずかしささえ感じていましたが、昨今の世界情勢を見るに、恥ずかしいだなどと言っている場合ではないのでは?と思う今日この頃。

 フランスバンド・デシネ界の重鎮、タルディの作品が翻訳され、第一次大戦中の人間の業を読んで、やっぱり戦争なんてしちゃいけないよね、という単純ではありますが当たり前のことを声に出さなければいけない、と確認した次第。

 日本の戦争作品といえば名のある指揮官を主人公に、彼がいかに立派な上官であったか、部隊がいかに戦ったかという戦術的なことをテーマにするものが少なからずあり、かく言うわたしも戦艦武蔵やら硫黄島の戦いやら、涙ながらに読んだものです。

 が、そもそもそれらは第二次世界大戦での話であり、この『塹壕の戦争』の舞台は第一次世界大戦。人類が初めて世界規模で化学兵器を使い殺し合った戦争。日本ではあまりヒューチャーされない〈戦争〉なのでちょっとだけ違和感を覚えつつ、世界史的にいかに重要な足跡であるかを再認識。

 どの国でもどの時代でも同じく、昨日まで普通の暮らしをしていた普通の人々が国と国の戦争に巻き込まれていく理不尽。味方同士であっても制裁という形で死ななければならない不条理。武器を使って戦うとこうやって人の体は壊れていくのだよ、というリアル。タルディの絵は、これらを強く脳内に残します。エグい絵ではないのです。どちらかというととても柔らかくかわいらしいとさえ言えるような絵。だからこその理不尽、不条理、そのリアル。

『塹壕の戦争』は、日本の『きけわだつみのこえ』のようなものではなかろうかと思います。情熱的な取材の賜物であるリアリティのある表現によって、名もなき人々、作品ではちゃんと名前があるのですが、戦争なんて行きたくなかった人々の声を今に伝える〈反戦〉の旗だと。

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今野書店 松川智枝
今野書店 松川智枝
最近本を読んでいると重量に手が震え、文字に焦点を合わすのに手を離してしまうようになってしまった1973年生まれ。それでも高くなる積ん読の山。