『龍神の雨』道尾秀介
●今回の書評担当者●啓文社西条店 三島政幸
道尾秀介氏は、今最も注目を集めている作家の一人である、ということに異論を唱える人は、あまりいないだろう。
2004年に『背の眼』でホラーサスペンス大賞特別賞を受賞してデビュー。以降、2006年の『シャドウ』で本格ミステリ大賞を受賞、2008年の『カラスの親指』で日本推理作家協会賞を受賞したほか、直木賞、吉川英治文学新人賞、山本周五郎賞の候補にもなったことがある。2009年の現在では、文庫化された『向日葵の咲かない夏』が全国的に大ヒットしている。新作を発表するごとに大きな話題となるばかりでなく、着実に次のステップへと進んでいく創作姿勢を感じる作家である。
そんな道尾氏が、またしても大傑作を世に発表した(と、私は道尾氏の新作が出るたびに言っているのだが)。それが最新長編『龍神の雨』である。
本書には二組の「家族」が登場する。
添木田蓮(そえぎだれん)は、妹の楓(かえで)と継父の睦夫の3人暮らし。実の母親は事故で亡くなっており、実の父親とは離別していた。楓の様子がおかしいことに気づいた蓮は、その原因が睦夫にあることを疑い、それが確信に変わったときから殺意が芽生えてくる。
小学生の溝田圭介は、兄の辰也と継母の里江の3人暮らし。実の母親は海の事故で亡くなっており、実の父親は病死。母親は里江に殺された、と辰也は言っているが、圭介は内心、自分が母親を殺したと思っている。
物語は、蓮が勤める酒屋に、辰也・圭介兄弟が万引き目的で入店するところから、大きく動き出す――。
道尾氏の小説は、作品ごとに受ける印象が全く違ってくる。ダークなホラーからサスペンス、洒脱なコン・ゲーム、そして青春小説まで。ほんとうに同じ作家によるものか、疑ってしまうほどだ。
『龍神の雨』も、冒頭から緊迫感に溢れており、息詰まる。これは比喩ではない。読みながら本当に息が詰まってくるのだ。例えば蓮が辰也に襲い掛かる場面、例えば蓮と楓が死体を埋める場面、例えば圭介が脅迫状を発見する場面、などなど。二組の兄弟はお互いに交錯することで、それぞれ大きな罪を犯していく。
しかし読者は決して忘れてはならないことがある。道尾氏が読者を騙すテクニックに優れたミステリ作家である、ということを。物語はある場面で、一瞬にして、景色そのものが大きく変わってしまう。暗く重く、同時に哀しみさえ漂っていた物語はその瞬間から、強い「怒り」の感情をも読者に植えつけさせることになるのだ。
この小説を読み終えた私には気がかりなことが一つだけある。この事件のあと、二組の家族は一体どうなるのだろうか。幸せを得ることが、できるのだろうか。この先の物語を知りたい、そう思わせた時点で、私はこの小説に支配されてしまっているのだろう。
本書を語るとき、ついトリックばかりに目が行きがちになるが、この小説を、物語を、是非存分に味わっていただきたい。深く重い世界に、入り込んでいただきたい。道尾秀介氏の小説家としての新たな地平を、ステージを、見ることになるだろう。
2004年に『背の眼』でホラーサスペンス大賞特別賞を受賞してデビュー。以降、2006年の『シャドウ』で本格ミステリ大賞を受賞、2008年の『カラスの親指』で日本推理作家協会賞を受賞したほか、直木賞、吉川英治文学新人賞、山本周五郎賞の候補にもなったことがある。2009年の現在では、文庫化された『向日葵の咲かない夏』が全国的に大ヒットしている。新作を発表するごとに大きな話題となるばかりでなく、着実に次のステップへと進んでいく創作姿勢を感じる作家である。
そんな道尾氏が、またしても大傑作を世に発表した(と、私は道尾氏の新作が出るたびに言っているのだが)。それが最新長編『龍神の雨』である。
本書には二組の「家族」が登場する。
添木田蓮(そえぎだれん)は、妹の楓(かえで)と継父の睦夫の3人暮らし。実の母親は事故で亡くなっており、実の父親とは離別していた。楓の様子がおかしいことに気づいた蓮は、その原因が睦夫にあることを疑い、それが確信に変わったときから殺意が芽生えてくる。
小学生の溝田圭介は、兄の辰也と継母の里江の3人暮らし。実の母親は海の事故で亡くなっており、実の父親は病死。母親は里江に殺された、と辰也は言っているが、圭介は内心、自分が母親を殺したと思っている。
物語は、蓮が勤める酒屋に、辰也・圭介兄弟が万引き目的で入店するところから、大きく動き出す――。
道尾氏の小説は、作品ごとに受ける印象が全く違ってくる。ダークなホラーからサスペンス、洒脱なコン・ゲーム、そして青春小説まで。ほんとうに同じ作家によるものか、疑ってしまうほどだ。
『龍神の雨』も、冒頭から緊迫感に溢れており、息詰まる。これは比喩ではない。読みながら本当に息が詰まってくるのだ。例えば蓮が辰也に襲い掛かる場面、例えば蓮と楓が死体を埋める場面、例えば圭介が脅迫状を発見する場面、などなど。二組の兄弟はお互いに交錯することで、それぞれ大きな罪を犯していく。
しかし読者は決して忘れてはならないことがある。道尾氏が読者を騙すテクニックに優れたミステリ作家である、ということを。物語はある場面で、一瞬にして、景色そのものが大きく変わってしまう。暗く重く、同時に哀しみさえ漂っていた物語はその瞬間から、強い「怒り」の感情をも読者に植えつけさせることになるのだ。
この小説を読み終えた私には気がかりなことが一つだけある。この事件のあと、二組の家族は一体どうなるのだろうか。幸せを得ることが、できるのだろうか。この先の物語を知りたい、そう思わせた時点で、私はこの小説に支配されてしまっているのだろう。
本書を語るとき、ついトリックばかりに目が行きがちになるが、この小説を、物語を、是非存分に味わっていただきたい。深く重い世界に、入り込んでいただきたい。道尾秀介氏の小説家としての新たな地平を、ステージを、見ることになるだろう。
- 『弥勒の掌』我孫子武丸 (2009年5月14日更新)
- 啓文社西条店 三島政幸
- 1967年広島県生まれ。小学生時代から図書館に入り浸っていたが、読むのはもっぱら科学読み物で、小説には全く目もくれず、国語も大の苦手。しかし、鉄道好きという理由だけで中学3年の時に何気なく観た十津川警部シリーズの2時間ドラマがきっかけとなって西村京太郎を読み始め、ミステリの魅力に気付く。やがて島田荘司に嵌ってから本格的にマニアへの道を突き進み、新本格ムーブメントもリアルタイムで経験。最近は他ジャンルの本も好きだが、やっぱり基本はミステリマニアだと思う今日このごろ。