『まっすぐ進め』石持浅海

●今回の書評担当者●啓文社西条店 三島政幸

川端直幸はある日、新宿の書店で美しい女性を見かけた。清潔感のある佇まい、透明な表情、それはまさに「感動」と表現するのが相応しい。しかし彼女には1点、気になることがあった。その完璧な女性は、左手に、腕時計をふたつ、はめていたのだ――。

光文社の新人発掘企画「KAPPA-ONE」から『アイルランドの薔薇』で長編デビューした石持浅海氏は、一般に「本格ミステリ作家」として認識されていると思われる。石持氏の作風がユニークなのは、状況設定にある。特に外部との接触を絶たれた特殊状況下での事件が多い。「クローズドサークル」と呼ばれる趣向だが、その状況の作り方が巧い。ハイジャックされた飛行機内での事件を描いた『月の扉』、ペンションでの犯罪を描きながら、犯行現場を見ないまま推理が進行する『扉は閉ざされたまま』などがその代表例だろう。

ところで最近の石持氏の作品は、決して「本格ロジック」に主眼が置かれていないように感じられる。人間からエネルギーを吸い取って生活する生命体、という妙な設定ながらじんわり感動させる『温かな手』、主人公に襲いかかる危機から守る存在を描いた『ガーディアン』など。本格ミステリとしてはやや弱いが、別の部分で満足するのだ。

冒頭に紹介したしたのは『まっすぐ進め』の第一話「ふたつの時計」のストーリーだ。この短篇で直幸はその女性、高野秋(たかのあき)と、付き合い始めることになる。ふたつの時計の謎に割り込んだことこそが、そのきっかけとなる。

「いるべき場所」という短篇では、事件の謎解きの真っ只中で、秋が直幸を「ひっぱたく」場面がある。それはその謎解きが、彼女が持つ秘密に触れるようなことだったからだ。彼女にとっては残酷なことだったが、彼にとっては話さずにいられなかった。だから話した。その結果、彼女が感情的になることまで見透かしていたのだ。一つの謎解きが、ひいてはこの事件そのものが、二人の関係に大きな変化をもたらした瞬間である。秋が直幸をひっぱたいた数ページ後では、二人は抱き合っている。

この連作は、直幸と秋、そして二人の友人にして理解者であるもうひとつのカップル、黒岩正一と太田千草の物語である。ここで注目したいのは、上に挙げたように、この二組のカップルの進展において、謎解きが重要な要素を占めることである。彼らの周辺で謎が発生する。ミステリ界の表現で言えば「日常の謎」にあたるようなものだ。その謎を直幸が「まっすぐな」思考で解き明かす。その謎解きこそが、男女の距離を変える「触媒」となっているのだ。

そして読者は気づくのだ。これは「本格ミステリ」ではなく、「恋愛小説」なのだ、ということに。

本格ミステリとしてみた場合、本書もやや物足りなさが残るかもしれない、しかしそれでも読者は決してがっかりはしないだろう。何よりも本書は、恋愛小説の大傑作になっているからだ。

秋が抱える過去の秘密は、最終話「まっすぐ進め」でようやく明かされる。直幸と秋は、そして正一と千草は、幸せを得ることができるのだろうか。それはぜひ、本書で確認していただきたい。

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啓文社西条店 三島政幸
啓文社西条店 三島政幸
1967年広島県生まれ。小学生時代から図書館に入り浸っていたが、読むのはもっぱら科学読み物で、小説には全く目もくれず、国語も大の苦手。しかし、鉄道好きという理由だけで中学3年の時に何気なく観た十津川警部シリーズの2時間ドラマがきっかけとなって西村京太郎を読み始め、ミステリの魅力に気付く。やがて島田荘司に嵌ってから本格的にマニアへの道を突き進み、新本格ムーブメントもリアルタイムで経験。最近は他ジャンルの本も好きだが、やっぱり基本はミステリマニアだと思う今日このごろ。