『復讐法廷』ヘンリー・デンカー
●今回の書評担当者●啓文社西条店 三島政幸
『復讐法廷』は、ヘンリー・デンカーが1982年に発表した作品で、日本では1984年に翻訳出版され、その年の「週刊文春ベストミステリー」で海外編1
位となった法廷サスペンスである。文春文庫版が長らく品切れとなっていたが、2009年秋の「ハヤカワ文庫の100冊」フェアの1冊として移籍復刊となっ
たことを喜びたい。
小説の構造は実に単純である。
娘を強姦されて殺された父親デニス・リオーダンが、その犯人クリータス・ジョンソンを射殺して自首した。同情の余地はあるものの、事実だけ考えれば明らかな犯罪行為である。この事件に
、正義感溢れる弁護士ベン・ゴードンが弁護に立ち上がり、彼を無罪にするべく奮闘する。
ここで結論を書いてしまおう。リオーダンは、無罪になる。
お いおい、いきなりネタバラシかよ、もう読む気しなくなったじゃないかよ、と思われたかも知れないしかし、それは違う。この小説の本当の面白さは結論ではな い。そこに至るまでの過程である。最初から最後まで、高い緊張感とサスペンス、そして論理の応酬が続く、法廷ミステリの大傑作なのだ。
そもそも、クリータス・ジョンソンがなぜ父親に殺されたのか。それは彼が普通に町を徘徊していたからだ。なんとこの男、強姦殺人に関しては、無罪 と判定されているのである。彼は別の事件(これもまた実は......なのだが)で逮捕されたあと、保釈中の身だった。その保釈中に新たな犯行を犯したが、その事 件での自白の証拠性が認められず、物証も不当な手続きで取得されたものとして、証拠として採用されなかったのだ。一般市民を守るはずの法律が、犯罪者の身 をも守ってしまったのである。
リオーダンは自らの意思で法を犯し、憎むべき男を射殺し、罰を与えられることすら望んでいる。しかし弁護人ベンはどうにかして無罪に持ち込みたい と考える。その物語は最初からスリリングに展開する。様々な職業、人種からなる陪審員たちもそれぞれ苦悩する(そもそもこの事件、白人が黒人を殺した事件 として、人種的な背景が含まれている)。検察は、強姦殺人の話になると不利になるので、話を逸らそうとするし、判事もクリータス・ジョンソンを無罪にした 経緯が問題視されると、アメリカの法体系への批判に直結するので、過去の話を避けたがり、今回の射殺事件のみの審理に持っていこうとする。裁判に関係する 様々な人々の思惑が絶妙に絡み合い、盛り上がっていく。
物語がクライマックスを迎えてもなお、無罪にはなりそうにない雰囲気なのだが、ここからどういう逆転劇が待ち受けるのか――は、是非本書で確認していただきたい。
娘 を無残に殺された父親が単身復讐に立ち上がり、世間を巻き込んで大きな注目を集める――このたび映画化された東野圭吾の話題作『さまよう刃』にも通ずる テーマである。裁判員制度が始まった日本でも、このような事件の裁判に我々が立ち会わないとも限らない。そういう意味でも、今の日本でこそ読まれるべき作 品だろう。
小説の構造は実に単純である。
娘を強姦されて殺された父親デニス・リオーダンが、その犯人クリータス・ジョンソンを射殺して自首した。同情の余地はあるものの、事実だけ考えれば明らかな犯罪行為である。この事件に
、正義感溢れる弁護士ベン・ゴードンが弁護に立ち上がり、彼を無罪にするべく奮闘する。
ここで結論を書いてしまおう。リオーダンは、無罪になる。
お いおい、いきなりネタバラシかよ、もう読む気しなくなったじゃないかよ、と思われたかも知れないしかし、それは違う。この小説の本当の面白さは結論ではな い。そこに至るまでの過程である。最初から最後まで、高い緊張感とサスペンス、そして論理の応酬が続く、法廷ミステリの大傑作なのだ。
そもそも、クリータス・ジョンソンがなぜ父親に殺されたのか。それは彼が普通に町を徘徊していたからだ。なんとこの男、強姦殺人に関しては、無罪 と判定されているのである。彼は別の事件(これもまた実は......なのだが)で逮捕されたあと、保釈中の身だった。その保釈中に新たな犯行を犯したが、その事 件での自白の証拠性が認められず、物証も不当な手続きで取得されたものとして、証拠として採用されなかったのだ。一般市民を守るはずの法律が、犯罪者の身 をも守ってしまったのである。
リオーダンは自らの意思で法を犯し、憎むべき男を射殺し、罰を与えられることすら望んでいる。しかし弁護人ベンはどうにかして無罪に持ち込みたい と考える。その物語は最初からスリリングに展開する。様々な職業、人種からなる陪審員たちもそれぞれ苦悩する(そもそもこの事件、白人が黒人を殺した事件 として、人種的な背景が含まれている)。検察は、強姦殺人の話になると不利になるので、話を逸らそうとするし、判事もクリータス・ジョンソンを無罪にした 経緯が問題視されると、アメリカの法体系への批判に直結するので、過去の話を避けたがり、今回の射殺事件のみの審理に持っていこうとする。裁判に関係する 様々な人々の思惑が絶妙に絡み合い、盛り上がっていく。
物語がクライマックスを迎えてもなお、無罪にはなりそうにない雰囲気なのだが、ここからどういう逆転劇が待ち受けるのか――は、是非本書で確認していただきたい。
娘 を無残に殺された父親が単身復讐に立ち上がり、世間を巻き込んで大きな注目を集める――このたび映画化された東野圭吾の話題作『さまよう刃』にも通ずる テーマである。裁判員制度が始まった日本でも、このような事件の裁判に我々が立ち会わないとも限らない。そういう意味でも、今の日本でこそ読まれるべき作 品だろう。
- 『追想五断章』米澤穂信 (2009年9月10日更新)
- 『まっすぐ進め』石持浅海 (2009年8月13日更新)
- 『本日、サービスデー』朱川湊人 (2009年7月9日更新)
- 啓文社西条店 三島政幸
- 1967年広島県生まれ。小学生時代から図書館に入り浸っていたが、読むのはもっぱら科学読み物で、小説には全く目もくれず、国語も大の苦手。しかし、鉄道好きという理由だけで中学3年の時に何気なく観た十津川警部シリーズの2時間ドラマがきっかけとなって西村京太郎を読み始め、ミステリの魅力に気付く。やがて島田荘司に嵌ってから本格的にマニアへの道を突き進み、新本格ムーブメントもリアルタイムで経験。最近は他ジャンルの本も好きだが、やっぱり基本はミステリマニアだと思う今日このごろ。