『8・1・3の謎』モーリス ルブラン
●今回の書評担当者●啓文社西条店 三島政幸
当コラムのプロフィールに書いたように、私は子どもの頃小説嫌いで、図書館では図鑑や科学読み物ばかり読んでいた。だから私と同世代のミステリファンが必ず通るはずの、「少年探偵団」シリーズや「怪盗ルパン」シリーズなどは全く読んだ記憶がない(「シャーロック・ホームズ」は読書月間の時に読んだ記憶が
ある)。
その「少年探偵団」や「怪盗ルパン」といえば、ポプラ社の児童向けシリーズで親しんだ人が多いはずだ。そのうちの「少年探偵団」シリーズが文庫版で、当時の表紙と挿絵もそのままに復刊されたとき、私の周辺のミステリファンはみんな狂喜した。最初は映画とのタイアップだったので、それきりかと思っていたが、結局乱歩が書いた26作全てが復刊された。復刻表紙や挿絵に馴染みのないはずの私も、なんだか嬉しくなって次々に買っていった。
しかも、ここで終わらなかった。何と続けて「怪盗ルパン」シリーズの復刊が始まったのだ。こちらも私には馴染みがないはずだが、またまた嬉しくなって
買ってしまった。そして何故か、乱歩以上にワクワクした。そのポプラ社の怪盗ルパンといえば、そう、あの――南洋一郎リライト版である。
これまた私と同世代、あるいは少し上の世代のミステリファンが、その過程において影響を受けたであろう本に、瀬戸川猛資『夜明けの睡魔』という書評集がある。海外ミステリの新刊評や、名作の再評価・見直しを行なった本であり、著者独自の視点や語り口の巧さで、今読んでも実に面白い(現在は残念ながら入手困難)。その中で、モーリス・ルブランのルパンシリーズをテーマにした回があるのだが、この書評が傑作なのだ。
自分の読書体験を通じて、ポプラ社版のルパン、とりわけ『8・1・3の謎』がいかに素晴らしかったを力説し、大人になってから読んだルパンがいかに詰まらなかったかを延々語っている。挙句の果てに、こうまで言い放つのだ。
《したがって、ルパン物を楽しみたければ、恥も外聞もなく子供物を買ってきて読んだほうがいい。とくに、ポプラ社の南洋一郎版をおすすめする。これは絶対におもしろい。大胆にデフォルメされているから翻訳とはいえないが、ルパン物の醍醐味が最高の形で凝縮されているのだ。今回、読み返してみて、感心を通りこしてあきれてしまった。なにせルブランの原作よりもおもしろいのだ。南洋一郎は天才ではないだろうか。》
これを読んで、実に悔しかった記憶がある。こんなに熱く語られるほどの傑作群を読まなかった、いやそれ以前に、出会うことすらなかったなんて。
だから、今回の文庫復刊には、心躍るものがあったのだろう(実は数年前にもソフトカバー版で復刊されたが、シンプルな表紙カバーに食指が動かなかった)。そして読んだ『8・1・3の謎』は、まさしく傑作だった。私は怪盗ルパンシリーズを、だた「宝を盗む」だけの物語と思い込んでいたが、全然違っていた(何を今さら、と突っ込まれそうだ)。ルパンの鮮やかな手際だけでなく、暗号の謎、国際謀略、ラブロマンスも織り込まれ、ラストでは驚愕の「意外な犯人」まで登場するではないか。これを子どもたちだけのものにしておくのは、実に勿体無い。昔このシリーズに親しんだ方も、実はまだ読んだことのない方にも、是非読んでいただきたい。
では、次は『奇巌城』を読むことにするか――。
- 『造花の蜜』連城三紀彦 (2009年12月10日更新)
- 『Another』綾辻行人 (2009年11月13日更新)
- 『復讐法廷』ヘンリー・デンカー (2009年10月9日更新)
- 啓文社西条店 三島政幸
- 1967年広島県生まれ。小学生時代から図書館に入り浸っていたが、読むのはもっぱら科学読み物で、小説には全く目もくれず、国語も大の苦手。しかし、鉄道好きという理由だけで中学3年の時に何気なく観た十津川警部シリーズの2時間ドラマがきっかけとなって西村京太郎を読み始め、ミステリの魅力に気付く。やがて島田荘司に嵌ってから本格的にマニアへの道を突き進み、新本格ムーブメントもリアルタイムで経験。最近は他ジャンルの本も好きだが、やっぱり基本はミステリマニアだと思う今日このごろ。