『あるキング』伊坂幸太郎
●今回の書評担当者●啓文社西条店 三島政幸
「横丁カフェ」の私の担当も今回まで。最終回は是非とも、伊坂幸太郎氏を採り上げたい。伊坂氏は現代日本を代表する人気作家の一人であり、今さら私が紹介する必要はないかも知れないが、私と伊坂作品との関わりも含め、どうしても書きたいので、以下の駄文に少しだけお付き合いいただきたい。
実は恥ずかしながら、つい最近まで、伊坂氏のデビュー作『オーデュボンの祈り』だけは未読だった。発売当時、まだあまり書評も出ていなかった頃、友人から「とても変な話だけど、三島さんなら面白いんと思うんじゃないかな。よかったら読んでみて」と本を貰った。「カカシが喋る」という設定に、なんだそれ、と半ば呆れた私は、貰ったその本を開くこともなく、積読の山に埋もれさせてしまった。
ところが、第二作として出版された『ラッシュライフ』は、気になっていた作家だったのか、出てすぐに読んだ。これも変な話だったが、一見無関係な複数の物語が交差する展開には驚愕した。第三作『陽気なギャングが地球を回す』もすぐに読んで興奮し、「いつか伊坂の時代が来る」と確信、自分のホームページ(当時はブログブームの前だった)で、やたらと伊坂、伊坂とネタにして、周囲のミステリファンを巻き込んでいた。
『重力ピエロ』は、「小説、まだまだいけるじゃん」との担当編集者氏の長文コメントが帯に書かれて話題になった。この頃から、伊坂氏の小説が注目されてきたように思う。『アヒルと鴨のコインロッカー』は東京創元社のミステリ叢書「ミステリ・フロンティア」の栄えある第一巻目として刊行された。私が書店の店頭で「伊坂フェア」をやり始めたのもこの頃だったと思う。
その後も、伊坂氏の作品は発表されるごとに最優先で読んだ。世間的にも、「読書家の間でポピュラーな作家」から「誰もが知っていて読んでいる作家」へと、知名度がぐんぐん上がっていった。本屋大賞でも毎年必ずノミネートされ、「書店員にファンの多い作家」であることが証明された形となった。そして『ゴールデンスランバー』で本屋大賞を受賞したことはまだ記憶に新しい。
ところが、2009年に発表された長編『あるキング』は、やや困惑をもって迎えられたように感じられた。それまでの伊坂氏の小説とは明らかに異なったレトリックで書かれ、それまでの持ち味とされていた「洒脱な会話」「考え抜かれたプロット」「快感を覚えるほどの伏線の回収」が薄れており、リアリティのない寓話的な物語になっていたからだ。天才野球選手になる主人公・王求(王が求め、王に求められるようにと「おうく」と名付けられる)の物語は、彼があまりにも強いがゆえに、 決して順風満帆ではない。むしろ大変な十字架を背負って成長していく。それでも彼は、それら全てを運命として受け入れる。最後の1ページまで読んでも、爽快感は全く得られない。むしろ読者には重苦しい空気が襲いかかり、戸惑いすら残るだろう。
しかしそんな小説でも、読み終えると、なんとも言えない感慨が沸いてくるのが伊坂氏の小説だ。伊坂氏以外には書けないし、伊坂氏だからこそ許される作品世界ではないかと思う。そして、読み終わるまでの時間が至福のひと時なのもまた、伊坂氏の小説の特徴なのである。
ところで、つい最近まで未読だったデビュー作『オーデュボンの祈り』を読んでの私の感想は、「やっぱり変な小説だけど、伊坂氏にしか書けない小説だなあ」だった。伊坂氏の小説は、デビューから現在まで、そしてこれから先もずっと、ワン&オンリーなのである。
一年間ありがとうございました。またどこかでお目にかかれればと思います。
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- 啓文社西条店 三島政幸
- 1967年広島県生まれ。小学生時代から図書館に入り浸っていたが、読むのはもっぱら科学読み物で、小説には全く目もくれず、国語も大の苦手。しかし、鉄道好きという理由だけで中学3年の時に何気なく観た十津川警部シリーズの2時間ドラマがきっかけとなって西村京太郎を読み始め、ミステリの魅力に気付く。やがて島田荘司に嵌ってから本格的にマニアへの道を突き進み、新本格ムーブメントもリアルタイムで経験。最近は他ジャンルの本も好きだが、やっぱり基本はミステリマニアだと思う今日このごろ。