『許されようとは思いません』芦沢央
●今回の書評担当者●啓文社西条店 三島政幸
「泣ける小説」が、昔から苦手だ。小説を読んでいて、感動して泣きそうな気持になることはあっても、本当に泣いたことは多分一度もない。なので、書店で「絶対泣ける」とか書いてある本を、泣きたいからという理由で手に取ることは、まずない。もちろん、読むことはあるし、面白いと思うことも多いけれども。
小説を読みながら泣いたことはないが、鳥肌が立ったことは、何度もある。
鳥肌が立つ小説といえば、ホラー小説だと思われるだろうが、ホラーでなくても、鳥肌は立つ。正確に言えば、読み終えた時ではなく、読んでいる途中で鳥肌が立つ。その小説のあまりの凄さに、思わず震えがくるのだ。いま俺は、すげえ小説を読んでいるぞ、という実感が、ぞわぞわぞわっ、と肌に伝わってくるのだ。
そんな小説を、私は「トリハダ小説」と呼んで、広く啓蒙したいと思っている。
「トリハダ小説」には、年に何度か出合う。ミステリとは限らず、様々なタイプの作品にある。
私がいま一番お薦めしたい「トリハダ小説」が、芦沢央『許されようとは思いません』(新潮社)だ。
ここ数作でぐいぐい実力を付けて来た作家だが、ここで一気に大爆発したのではないかと感じている。現に、本作は各方面の書評家・本読みから大絶賛出迎えられている。私のチェックした範囲で、否定的な意見はほとんどない。
5つの独立した作品からなるミステリ短編集で、そのどれもが、年間ベスト級の完成度と意外性を持ち合わせているのだ。
古い集落で同居していた曾祖父を殺し、村八分の扱いを受けて追放された祖母。その祖母が亡くなり、遺骨を墓に納めるために村にやってきた「私」。なぜ祖母は殺害をしたのか、その時に祖母が残した言葉「私は自分の意志で殺しました。許されようとは思いません」の持つ真の意味とは......。表題作「許されようとは思いません」からして、衝撃の真相に鳥肌が立つが、ここで驚いていては身が持たない。同じような衝撃があと4回、やってくるのだから。
注目すべきは、5作がそれぞれ全く違った作品世界になっており、雰囲気も異なっていることだ。中でもユニークなのは「目撃者はいなかった」。誤発注をした自分のミスを隠すため、受注した木材を配達業者になりすまして運ぶことにした修哉。無事に木材を届けた時、修哉の目前で交通死亡事故が発生してしまう。事故を起こした女性は死んだ相手に否があったと証言しているらしいが、目撃者である修哉はそれが嘘であることを知っている。だが証言すると、その場にいたことを明かさなければならない。良心と保身の間で揺れる修哉の前に、被害者の妻が現れて......。どんどん追い詰められていく主人公の姿にユーモア性を滲ませながら、ラストでは奈落の底に突き落としてしまう。
他の作家の作品に例えるのは失礼かもしれないが、この作品集を読むと恐らく、連城三紀彦の初期作品群を連想するだろう。あるいは、米澤穂信『満願』が持つ世界に通ずるものが感じるだろう。間違いなく、日本短編ミステリの歴史に残る作品になるはずだ。
5つの短編で5回鳥肌が立つ、「トリハダ小説」の大傑作である。
- 『あるキング』伊坂幸太郎 (2010年4月9日更新)
- 『『屍の命題』』門前典之 (2010年3月12日更新)
- 『お好みの本、入荷しました』桜庭一樹 (2010年2月12日更新)
- 啓文社西条店 三島政幸
- 1967年広島県生まれ。小学生時代から図書館に入り浸っていたが、読むのはもっぱら科学読み物で、小説には全く目もくれず、国語も大の苦手。しかし、鉄道好きという理由だけで中学3年の時に何気なく観た十津川警部シリーズの2時間ドラマがきっかけとなって西村京太郎を読み始め、ミステリの魅力に気付く。やがて島田荘司に嵌ってから本格的にマニアへの道を突き進み、新本格ムーブメントもリアルタイムで経験。最近は他ジャンルの本も好きだが、やっぱり基本はミステリマニアだと思う今日このごろ。