『すべての「笑い」はドキュメンタリーである』木村元彦
●今回の書評担当者●啓文社西条店 三島政幸
このコーナーの前任者で、私の上司でもあった啓文社の児玉憲宗さんが、数か月前にこんなことを言っていた。
「木村元彦『徳は孤ならず』(集英社)は傑作なので必ず読んでおくように」
『徳は孤ならず』は、サンフレッチェ広島発足以前から、広島で数多くの優れた選手を育てた「育将」、今西和男氏にスポットを当てたノンフィクションだ。彼が育てた選手は後に優れた指導者にもなった。その代表格はもちろん、現・サンフレッチェ広島の森保一監督である。その手腕を買われた今西は、当時JFLのFC岐阜のGMに就任し、J2への昇格を果たしながら、経営難の責任を取らされ、石もて追われるようにFC岐阜を去ることになる。『徳は孤ならず』ではその過程を、実際の文書も掲載しながら明らかにし、真の責任者は誰なのかを追求した告発の書でもあった。
カープとサンフレッチェが本当に大好きだった児玉さんにとって、今西氏が受けた仕打ちには我慢できなかったのだと思う。
『徳は孤ならず』については、本の雑誌の炎の営業・杉江さんも営業日記で熱い感想を寄せられているので、ここでは繰り返さない。実はその著者・木村元彦さんは、ほぼ同時期に、全く違うベクトルの本を出しているのだ。それが本稿のメイン、『すべての「笑い」はドキュメンタリーである』(太田出版)である。
『すべての「笑い」はドキュメンタリーである』は、バラエティ番組の構成作家・倉本美津留を採り上げた本だ。
1980年代の関西に「突然ガバチョ!」という超人気番組があった。笑福亭鶴瓶がメインMCの番組で、スタジオで笑った客を強制的に退場させる「テレビにらめっこ」などが爆発的に受けていた。これは現在、ダウンタウンらが大晦日に放送している「笑ってはいけないシリーズ」の原型ともいえる。その番組の最後に「突然生放送」というコーナーがあった。収録で構成された番組本編とは切り離した生放送が突然割り込むコーナーだったが、そのコーナーのアイデア会議で、当時全く無名の男が斬新なアイデアを出し、採用された。
生放送に切り替わった瞬間、瓦がアップになっている。カメラが徐々に引いていき、鶴瓶が「そあ、ここはどこでしょう。この瓦を一番最初に割りに来るのは誰か!」とやる。やがて、近所だと気付いた若者がわらわらと集まってきて番組終了。これが、倉本美津留のテレビ企画デビューだった。
何が起こるか分からない、その意外性こそが面白い。倉本のテレビマン人生が決まった瞬間でもあった。
倉本は「11PM」の後番組として始まった「EXテレビ」の火曜日の構成を担当した。上岡龍太郎・島田紳助がMCの曜日だった。その第二回目のテーマは「視聴率」。「視聴率調査機のある2600世帯だけにおくる限定番組」と銘打たれ、視聴率の仕組みについて議論した番組の最後で、「この放送終了後に1分間だけNHK教育テレビを観てください」とやり、放送終了後で「砂嵐」だったNHK教育テレビの深夜帯に2パーセントもの視聴率を叩き出したのだ。テレビ局の偉い人には怒られたが、日本民間放送連盟賞のテレビ娯楽部門最優秀賞を受賞した。
「EXテレビ」はジミー大西の画家としての才能を開花させた番組としても有名である。また、「開運なんでも鑑定団」の元ネタ「鑑定ショー」もこの番組だった(最終回で企画を売ったので、パクリではない)。
番組制作スタッフを「こいつは不要だ」と思う人から帰らせていき、放送事故になったら負け、という「テレビスタッフ山崩し」、生瀬勝久を架空の職人に見立てて三宅裕司とアドリブで会話する「三宅裕司のワークパラダイス」など、倉本は様々な「ドキュメンタリー的な笑い」を追求していった。ダウンタウンとの出会いから、彼らの番組にも数多く関わるようになった。現在は漫画制作の現場を延々と映す「漫勉」に携わっている。常に根底にあるのは、「何が起こるか分からないことこそ、面白い」という信念である。
そもそもスポーツドキュメンタリーで知られた木村元彦さんが倉本美津留を追いかけた本を出したのは意外でもあるが、実は、今西和男と倉本美津留には共通点がある。どちらも広島出身だ、ということだ(倉本は4歳で広島県呉から大阪の住吉に引っ越している)。全く違うジャンルから、広島人としての気質を明らかにした、とも言えるだろう。
- 『傷だらけのカミーユ』ピエール・ルメートル (2016年10月20日更新)
- 『許されようとは思いません』芦沢央 (2016年9月15日更新)
- 『あるキング』伊坂幸太郎 (2010年4月9日更新)
- 啓文社西条店 三島政幸
- 1967年広島県生まれ。小学生時代から図書館に入り浸っていたが、読むのはもっぱら科学読み物で、小説には全く目もくれず、国語も大の苦手。しかし、鉄道好きという理由だけで中学3年の時に何気なく観た十津川警部シリーズの2時間ドラマがきっかけとなって西村京太郎を読み始め、ミステリの魅力に気付く。やがて島田荘司に嵌ってから本格的にマニアへの道を突き進み、新本格ムーブメントもリアルタイムで経験。最近は他ジャンルの本も好きだが、やっぱり基本はミステリマニアだと思う今日このごろ。