『死の天使はドミノを倒す』太田忠司
●今回の書評担当者●啓文社西条店 三島政幸
売れない作家の鈴島陽一は父・亮介を病気で亡くした。その後の生活のため、父の預金を降ろそうとしたが、死亡者名義のものは相続の手続き上、簡単には下ろせないと判明。そのためには法定相続人全員の戸籍謄本と印鑑が必要なのだ。法定相続人は陽一のほかにもう一人、弟の薫がいる。薫は「人権派弁護士」としてTVに出るなど活躍していたが、鈴島家とは事実上、絶縁状態となっていた。父の葬儀にも顔を出さなかった弟と連絡を取ろうとした陽一だったが、当の薫が失踪していることを知る......。
苛立ちながらも弟の薫を探す物語をベースに、その薫が弁護を担当したという、自殺志願者を幇助する「死の天使」事件の謎、さらに翼をもがれた球体関節人形の秘密が交錯し、読者も想定外の真相が明かされる。これが、太田忠司さんの『死の天使はドミノを倒す』の大まかなストーリーだ。
太田忠司さんは、「星新一ショートショートコンテスト」で優秀賞を受賞してデビュー。映画化された「新宿少年探偵団」シリーズやドラマ化された「ミステリなふたり」をはじめとして数多くの人気シリーズを持つ作家である。
が、忘れてはいけないことがひとつある。本格的な長編デビューは、新本格ミステリのムーブメントの中で発表された『僕の殺人』だったということだ。リアルタイムで読んだ私は今でも衝撃を覚えている。主人公が犯人、探偵、目撃者という「一人三役」をやった都筑道夫『猫の舌に釘をうて』や、探偵、証人、被害者、犯人という「一人四役」ネタのセバスチャン・ジャプリゾ『シンデレラの罠』などを読んで興奮していた私の前に、「一人六役」をやってのけた作品を出したのだから(その六役とは、被害者、加害者、証言者、トリック、探偵役、記述者)。
太田さんは最初期から、実にトリッキーなことを堂々とこなしていたのだ。そういえば『予告探偵』というシリーズも、驚愕のアイデアが織り込まれていて、ひっくり返ったものである。
今回の『死の天使はドミノを倒す』もまた、そのトリッキーさを発揮した作品だった。四章のラストで明かされる真相にまず驚愕するが、そのあとにまだどんでん返しが畳みかけてくるのだ。だがそれと同時に、死刑問題だったり、ネタバレなのでここでは書けないが、ある社会的な問題も大きな影を落としており、読み終えた時に単純に「騙された」というだけでない、特殊な読後感が残ることだろう。
ちなみに『僕の殺人』も近く復刊される予定とのこと。また「あれ」が読めるのか。楽しみである。
- 『Aさんの場合。』やまもとりえ (2016年12月15日更新)
- 『すべての「笑い」はドキュメンタリーである』木村元彦 (2016年11月17日更新)
- 『傷だらけのカミーユ』ピエール・ルメートル (2016年10月20日更新)
- 啓文社西条店 三島政幸
- 1967年広島県生まれ。小学生時代から図書館に入り浸っていたが、読むのはもっぱら科学読み物で、小説には全く目もくれず、国語も大の苦手。しかし、鉄道好きという理由だけで中学3年の時に何気なく観た十津川警部シリーズの2時間ドラマがきっかけとなって西村京太郎を読み始め、ミステリの魅力に気付く。やがて島田荘司に嵌ってから本格的にマニアへの道を突き進み、新本格ムーブメントもリアルタイムで経験。最近は他ジャンルの本も好きだが、やっぱり基本はミステリマニアだと思う今日このごろ。