『スカイ・クロラ』森 博嗣
●今回の書評担当者●中原ブックランドTSUTAYA小杉店 長江貴士
空がある。
僕の頭上に、空がある。
そこに、僕のすべてがある。
美しさも、楽しさも、悲しさも、孤独も、意志も、強さも、
そして、生きる意味さえも。
すべてが、そこに溶けている。
僕らはきっと、空を汚しているだけだ。
人間の存在が許されていない。
機械の存在も許されていない。
鳥も時折地に足をつけ、
雲も時折場所を変え、
太陽と雨で景色を切り替えながら、
いつだって空のご機嫌をとっている。
僕は、空で生きているわけではない。
空の底に沈んでいる。
時々空へと上って行って、
自分の名前を確かめるんだ。
雲の端っこに、
あるいは太陽の欠片に、
僕の名前が刻まれているはずだ。
だけど僕らは、
生きていくために仕事をして、
仕事のために空を飛んで、
空を飛ぶために人を殺して、
そうやって汚くなって、
また地上に戻ってくるしかないんだ。
それでも、空を飛べる僕らの方が、
少しは綺麗だって思わない?
だって、綺麗なものしか浮かべないんだ。
汚いものはみんな地上へ墜ちていく。
なんと地上の不自由なこと。
そう、地上には逃げ場がない。
どこへも逃げられない。
もうこれ以上墜ちられない。
僕はまだ子供で、
ときどき、右手が人を殺す。
その代わり、
誰かの右手が、僕を殺してくれるだろう。
それまでの間、
なんとか退屈しないように、
僕は生き続けるんだ。
僕の大好きな作品です。押井守監督による映画がつい先日公開されたので、それで初めてこの作品のことを知ったという人も多いでしょうか。
舞台は、恐らく未来の、日本に似たどこか。そこではショーとしての戦争が日常になっている。そしてその戦争に従事する、大人にならないと言われているキルドレという子供たちがいる。
彼らは日常的に戦闘機に乗り、敵を見つけては撃ち落す。彼らはただ空を飛べさえすればいい、と願っている。しかし空を飛べば敵を撃たなくてはいけないし、終わったら汚れた地上へと戻ってこなくてはいけない。普通の人はそうやって大人になるのかもしれない。でも僕らはキルドレ、ずっと子供のままだ。
地上での生活を見切り、空での一瞬に生を感じるキルドレ。戦うことにも生きることにも意味を見出せず、ただ空へと向かうことだけがすべてだと思えるキルドレ。そんなキルドレの、地上での日常と空中での非日常を描いた作品です。
この本の素晴らしさを言葉で説明するのは難しいので、是非読んで欲しいと思います。映画化によって、より多くの人がこの作品に興味を持ってくれれば嬉しいな、と思っています。
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- 中原ブックランドTSUTAYA小杉店 長江貴士
- 1983年静岡県生まれ。 冬眠している間にフルスウィングで学生の身分を手放し、フリーターに。コンビニとファミレスのアルバイトを共に三ヶ月で辞めたという輝かしい実績があったので、これは好きなところで働くしかないと思い、書店員に。ご飯を食べるのも家から出るのも面倒臭いという超無気力人間ですが、書店の仕事は肌に合ったようで、しぶとく続けております。 文庫・新書担当。読んでいない本が部屋に山積みになっているのに、日々本を買い足してしまう自分を憎めきれません。