『玉子ふわふわ』早川茉莉

●今回の書評担当者●喜久屋書店宇都宮店 大牧千佳子

 朝、荷物がつくので開店前にダンボールを開け検品作業をし店内へ台車を運び入れる。その頃にはすっかり腹ペコ。いちばん広い文庫通路を通りながら、文春文庫をチラリと見やり、いっそ東海林さんを丸かじりしたいわ!と思う。
 こんな食いしんぼう万歳な私の好きな食べ物はたまご。ゆでても焼いても目玉でもぐちゃぐちゃだってオツなもの。とにかくたまごが大好き。というわけでこちらに書かせていただくのも最初ですし、好きなものから入らせていただこうかと。

『玉子ふわふわ』早川茉莉編 筑摩文庫 

 タイトルからすでにわし掴みされる。こりゃこりゃピンポイントでいただきましたよ。ありがとう早川茉莉さん。ありがとう筑摩書房。
 ページをペラペラしてもらいたい。ここに名を連ねる執筆陣の豪華なこと。たまごというひとつの食材に対しての思いいれの深さ、ゆずれないこだわり、なんたる熱意、それらが名文をもってして語られる贅沢。こんな宝物のような一冊が誕生したことを世界中のたまご好きに知らしめたいぞ。
 たまごといえば、ほとんど毎日口にするという人もすくなからずいるだろう、それだけ身近な食べ物のひとつ。ところが森茉莉さんからはじまる最初の4名のエッセイはまるで勝手が違うのに面食らう。これがわたしの知っているたまごかと疑うことしばしば。とにかく優雅だ。おフランスなのだ。巴里の下宿でパイ皿で出された目玉焼き。サン・ミッシェルの観光に欠かせないシェー・メール・プラーの大鍋の大オムレツ。
 中でも石井好子さんの『東京の空の下オムレツのにおいは流れる』からのエッセイは大胆な活力に満ちている。前作『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』が日本エッセイストクラブ賞をとり、オムレツのことばかりを書いたわけでもないのに、雑誌の取材でオムレツを食べ歩くことになる石井好子さん。ビュッフェスタイルのパーティーでオムレツの模擬店を出したり、オムレツのコンクールの審査員をしたり、ついにはオムレツの店まで出してしまう。その店でだされていたさまざまに工夫されたオムレツのおいしそうなこと。
 日本の枠に収まらなかった彼女たちの闊達さ、それでいて、どこかたまご気分のふんわりやわらかさが感じられて、読んでいて幸せな気持ちになる。
 男性はどうだろうというと、食通として知られている方々が何人もいらっしゃる。特に池波正太郎大先生の書かれている、忠臣蔵でおなじみ大石内蔵助が討ち入りの夜に食べたたまごかけごはんの話はたまらない。なんてうまそうなんだろう。そして、まさか討ち入りの夜にTKGだったとは。そして戦時中の親子丼、マルセイユのホテルの秘伝レシピのオムレツへと話が移るが、さすがの大先生であります。おもしろいしじーんとくる。ドラマチックたまごであります。
 嵐山光三郎さんの探究心旺盛な温泉玉子に関する実験的調理はまさに冒険といっても過言ではない。真似したい、真似したいけどやっぱり一日にそんなにたまご食べたらたべすぎかも。伊丹十三さんの目玉焼きの食べ方が自分と一緒だったのでちょっとうれしかったり、松浦弥太郎さんがもくもくと作るたまご焼きに共感をおぼえたり。もちろんこのかた東海林さだおさんもこだわりの文章でたまごを語っている。目玉焼きかけご飯。TKGじゃないのだ、目玉焼きかけご飯なのだ。焼き方は、味付けは、仕上げにあんなことまで、という東海林さんならではの、ますますお腹がすいちゃう文章なのだ。そういえば東海林さんの丸かじりシリーズ最新刊は『ゆで卵の丸かじり』朝日新聞出版でしたね。
 この本を読み終わったら、きっと、たまごを食べたくなります。冷蔵庫を開けてたまごをとりだして「さぁどうしよう」となったら、田辺聖子さんの一言を思い出したいところです。
「ぜいたくな卵をたべましょう」と。

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喜久屋書店宇都宮店 大牧千佳子
喜久屋書店宇都宮店 大牧千佳子
本屋となっていつのまにやら20年。文芸書と文庫を担当しております。今の店に勤めて6年目。幼い頃、祖母とよく鳩に餌をやりにきていた二荒山神社の通りをはさんだ向かい側で働いております。風呂読が大好き。冬場の風呂読は至福の時間ですが、夢中になって気づくとお湯じゃなくなってたりしますね。ジャンルを問わずいろいろと、ページがあるならめくってみようっていう雑食型。先日、児童書担当ちゃんに小 学生の頃大好きだった児童書『オンネリとアンネリのおうち』(大日本図書版、絶版)をプレゼントされて感動。懐かしい本との再会というのは嬉しいものです。一人でも多くの方にそんな体験をしてほしいなあと思います。