『ユービック』フィリップ・K・ディック
●今回の書評担当者●喜久屋書店宇都宮店 大牧千佳子
しみ、しわ、たるみで砂漠化したお肌にお悩みのあなた。このスプレーをかけたなら一瞬にしてぷるるんつやつやうるおい肌に元通り。
そんな夢のスプレーがあるとしたら、使ってみたいと思いませんか? スプレーの名はユービック。いいなあ、ユービックスプレー、本気でほしい。ただし使用は半生者に限るようですが......。
未来の地球でのお話。
何人もの超能力者たちが地球から姿を消し、依頼を受けたランシター合作社の不活性者(超能力を無力化する反能力をもつひと)たちが地球から姿を消した超能力者を追跡する。
そして月へ。
しかしそんなわかりやすい宇宙空間超能力戦争みたいな話じゃないんですよ。
SF小説って言ったら、他の星へ行って宇宙人とドカーンとかタコみたいな火星人がくねくねとか漠然とイメージしてましたが、そんな幼稚なアタマが百万光年の彼方へすっ飛ばされるくらいぎっちり世界観の構築がされてまして。
フィリップ・K・ディック、さすがSF界の巨匠です。
SFの形態をとった哲学書って感じ。二つの相反するものを出してきて、「さあ、どう読む?」ってけしかけられるようです。禅問答ににているかも。だからへろへろになるし読むの時間かかるけどね、わくわくなっちゃうくらい面白い。
超能力者に反能力者。生者と半生者。未来の世界と退行する世界。
それらをどう読むか。どう意味づけるか。読んだ方それぞれ自由に思考をめぐらせていただきたい。
未来と言ってもこれ1992年設定のお話。出版された1969年当時からしてみたら1992年は未来なんですね。って言おうとしたけど、そうか? たかだか23年だよ。
それで飛行車やお掃除ロボット、すべてにおいてチップ制の住宅。そしてユービックスプレー。この生活様式の変化は激しすぎるでしょう。なにを思ってここまで未来のハードルあげてるのでしょう。文明の成長速度が速い時代だったからかなあ。23年後に自家用車が空飛べるなんて夢いっぱいじゃないですか。そのへんのところにも作者の狙いがなにかあるんじゃないかと勘ぐってしまう。
便利な未来アイテムを多数登場させつつも難解な小説。宇宙や他の星へ行くのもたやすくできるのに、どんどん人間の内面に向かって行くストーリー。そのひねくれ具合の絶妙さ、そこに仕掛けられたものがフィリップ・K・ディックの魅力かもなんて思います。
ユービックの綴りUBIKでツベるとまるでスプレー浴びたようないきいきした方たちを見ることもこの未来では可能ですから。
- 『イン・ザ・ルーツ』竹内真 (2011年6月30日更新)
- 『玉子ふわふわ』早川茉莉 (2011年6月2日更新)
- 喜久屋書店宇都宮店 大牧千佳子
- 本屋となっていつのまにやら20年。文芸書と文庫を担当しております。今の店に勤めて6年目。幼い頃、祖母とよく鳩に餌をやりにきていた二荒山神社の通りをはさんだ向かい側で働いております。風呂読が大好き。冬場の風呂読は至福の時間ですが、夢中になって気づくとお湯じゃなくなってたりしますね。ジャンルを問わずいろいろと、ページがあるならめくってみようっていう雑食型。先日、児童書担当ちゃんに小 学生の頃大好きだった児童書『オンネリとアンネリのおうち』(大日本図書版、絶版)をプレゼントされて感動。懐かしい本との再会というのは嬉しいものです。一人でも多くの方にそんな体験をしてほしいなあと思います。