『「金の船」ものがたり 童謡を広めた男たち』小林弘忠

●今回の書評担当者●喜久屋書店宇都宮店 大牧千佳子

  • 「金の船」ものがたり―童謡を広めた男たち
  • 『「金の船」ものがたり―童謡を広めた男たち』
    小林 弘忠
    毎日新聞社
    2,588円(税込)
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 この季節、子どもたちへのプレゼント選びにご来店されるお客様が多くなります。美しい絵本や物語など、幼いころに読んだものの記憶はいつまでも残るものですから、選ぶ方もつい真剣になりますね。

 子どもたちに良質なものを与えていきたい、豊かな情操を育んでいきたい。そう考えた人々が後世に続く児童文化を形成した時代がかつてありました。
 大正時代、たくさんの子供向け雑誌が創刊されたのです。
「良友」「赤い鳥」「コドモノクニ」などなど。なかでも「金の船」を創った斉藤佐次郎に注目して書かれたのがこの本『「金の船」ものがたり』です。

 これらの雑誌はとくに童謡童話雑誌として数々の作品を今の世にも残しています。童謡の「七つの子」や「青い目の人形」「シャボン玉」に「赤い靴」幼いころに歌ったことを懐かしく思う方もいらっしゃるでしょうか。これらを作詞した野口雨情もまた雑誌「金の船」に大きく関わる人物です。斉藤佐次郎は西条八十からの紹介状を携えた雨情と面会し、その詩を見て掲載を即決します。雨情と佐次郎の出会いがのちに数々の童謡を世に送り出すはじまりとなったのです。

「赤い鳥」は夏目漱石門下の鈴木三重吉が主宰で芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を掲載したことでご存知の方も多いかとおもいます。この「赤い鳥」、何がすごいかって児童雑誌とは思えないその執筆陣の豪華さでしょう。森鴎外、泉鏡花、島崎藤村、徳田秋声、野上弥生子、北原白秋、芥川龍之介・・・鈴木三重吉が「現文壇の主要なる作家」「文章家としても現代第一流の名手」というとおりそうそうたる名が連なってます。

 その「赤い鳥」創刊号を見せられた佐次郎は触発され、自ら児童雑誌を創刊すべく奮闘することとなるのです。「わかりやすく、あたたかく、ためになる子ども雑誌、童話と童謡に生活感を吹きこみ、情操をはぐくんでいく雑誌、あくまでも子どもの立場でつくる雑誌、商業主義に徹せず、純粋に子どもを考える雑誌にする」そう佐次郎は考え決意するのです。
 その後雨情と出会ったり、表紙の絵をこれはと見込んだ画家岡本帰一に依頼したり、徐々に雑誌は姿を整えていきます。

 ノンフィクションでありながら登場人物のいきいきとした様子、おかしみ、雑誌を創りあげる苦闘、童謡を広めようとする熱意など、いまこの瞬間に湧き上がったように鮮やかに描かれていて、読み物としてとても面白いこの本。著者は毎日新聞で記者をされていた方のようです。そういわれれば、出来事や人間をとらえる鋭さと冷静さ、そして過去の一時代のこととは思えない臨場感をもって伝える筆力にもなるほどと納得です。

 ところで、宇都宮には宮環と呼ばれる環状線があり、宮環・雨情陸橋があります。この雨情は野口雨情の名からきています。この雨情陸橋のすぐそばに野口雨情の旧居があり、いまでもそのお家をみることができます。雨情は茨城出身ですが、戦争中に宇都宮に疎開してきていたんですね。登場人物がご近所さんだったことに親しみをおぼえますね。

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喜久屋書店宇都宮店 大牧千佳子
喜久屋書店宇都宮店 大牧千佳子
本屋となっていつのまにやら20年。文芸書と文庫を担当しております。今の店に勤めて6年目。幼い頃、祖母とよく鳩に餌をやりにきていた二荒山神社の通りをはさんだ向かい側で働いております。風呂読が大好き。冬場の風呂読は至福の時間ですが、夢中になって気づくとお湯じゃなくなってたりしますね。ジャンルを問わずいろいろと、ページがあるならめくってみようっていう雑食型。先日、児童書担当ちゃんに小 学生の頃大好きだった児童書『オンネリとアンネリのおうち』(大日本図書版、絶版)をプレゼントされて感動。懐かしい本との再会というのは嬉しいものです。一人でも多くの方にそんな体験をしてほしいなあと思います。