『しょうがない人』原田宗典

●今回の書評担当者●喜久屋書店宇都宮店 大牧千佳子

「メロンを買いに、町へ出る。
 ほかに何の目的もない。ただ純粋に、メロンを買うためだけに、町へ出る。」

 こんな書きだしで始まる「メロンを買いに」を含め4つの小説が入った短編集、それがこの『しょうがない人』です。

 メロンを買ったことがありますか?

 メロンはすこしだけ非日常のものですね。自分で食すために買うことってまれではないでしょうか。お見舞い、お土産、お祝い、などなど。けっして口に入らないものではないけれども、メロンはちょっぴり特別扱いです。そんな感覚を理解できる方にはぜひ読んでほしい。主人公はなぜメロンを買いに出かけたのか。何の為に・・・誰のために。

 むき出しの一万円札をポケットに入れて、主人公はメロンを買いに出かけます。
 Tシャツにジーパン、踵のつぶれたスニーカーで、歩いてメロンを買いに出かけます。近所の果物屋へ行くのですが、思い描いていたメロン(桐の箱に入った棚の上段に鎮座する高級な網目模様の)はなくて、一個300円のハネデューメロンしかありません。そこで主人公は新宿の百貨店をめざします。

 メロンを買いにいく道すがらさまざまな思い出がよみがえります。メロンにまつわるetc.バイトのレストランのこと、子どもの頃の誕生日のこと、喫茶店で隣り合わせた学生たちのこと、そして家族のこと、父親のこと、彼女のこと、結婚の顔合わせでのこと。

 深刻な話であるはずなのに、どこかおかしい。やるせなさとかせつなさたっぷりなのにうっかり笑えてきちゃう。全体に負け風味であるにもかかわらず、なんか幸せ。しかもこういうのが実は最強の幸福感なんだろう、最後の一行まで読んだとき、そう間違いなく確信できるお話です。

 原田宗典さんといえば抱腹絶倒のエッセイをご存知の方も多いかもしれません。また、劇作家としての原田さんの印象が強い方も多いことでしょう。東京壱組は何度か見に行きました。「メロンを買いに」に出てくるOさんは座長のあの方のことだったのでしょうか。そして喫茶店のところででてくるHさんは・・・。

 この本の装丁、とても好きです。すっきりとしていて無駄がなく落ち着いた風合いで手になじむ。いまは文庫本となっているのでこれから読まれる方はきっと文庫を手にとられるのでしょう。けれどもハードカバーの単行本のこの装丁がいままで見てきた本の中でベストといってもいいくらい好きです。私にとっては読むだけではなく、装丁というものを考えるきっかけとなった一冊でもあります。

 表題作であり、最後の短編「しょうがない人」帯に書かれた言葉の「けれど胸につのるもの。」まさにそれです。主人公にとってのしょうがない人とはいったい・・・。ご興味のある方はぜひご一読ください。

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喜久屋書店宇都宮店 大牧千佳子
喜久屋書店宇都宮店 大牧千佳子
本屋となっていつのまにやら20年。文芸書と文庫を担当しております。今の店に勤めて6年目。幼い頃、祖母とよく鳩に餌をやりにきていた二荒山神社の通りをはさんだ向かい側で働いております。風呂読が大好き。冬場の風呂読は至福の時間ですが、夢中になって気づくとお湯じゃなくなってたりしますね。ジャンルを問わずいろいろと、ページがあるならめくってみようっていう雑食型。先日、児童書担当ちゃんに小 学生の頃大好きだった児童書『オンネリとアンネリのおうち』(大日本図書版、絶版)をプレゼントされて感動。懐かしい本との再会というのは嬉しいものです。一人でも多くの方にそんな体験をしてほしいなあと思います。