『アルケミスト』パウロ・コエーリョ
●今回の書評担当者●丸善津田沼店 酒井七海
駅の喫茶店で、突然そのひとはわたしに1冊のうすっぺらい本を渡した。
「これ、お餞別。」
受け取るとすてきな笑顔で
「きっと、この旅行のあいだに読むのがいいと思うんだ。」
と言った。
表紙には『アルケミスト 夢を旅した少年』とあった。
そのときわたしはアルバイトをやめて、はじめての長いひとり旅を計画していたのだった。たいていの人はそれを聞いて、大丈夫なの!?とちょっと眉をひそめたりしたのだけど、そのアルバイト先の店長が、「酒井さんらしいね~。きっと君なら大丈夫だよ。」と、ほんわりした笑顔で言ってくれ、この本を手渡してくれたのであった。店長......(回想)
でも旅中、最初の数週間は、本のことなんてすっかり忘れていた。
楽しんではいたけれど、やっぱり緊張でガチガチだったんだと思う。
必要以上のお金を払わせられないように必死で交渉し、よってくる人はみんな疑わしくていつもさぐっていた。
小さな島々をまわっているときに、本をひっぱりだした。
時間だけはたっぷりあったから、日が暮れるまでビーチで読んだ。
それは、ひとりのひつじ飼いの少年"サンチャゴ"が、宝物をさがしにピラミッドへ旅に出るというお話だった。
読み終わると、からだ中の力がいい具合にぬけた感じがした。べつにどの部分に感銘をうけたとか、自分の行いを振り返って反省したとか、そういうことはまったくなくて、ただそのまま受け入れた感があった。
作品の持つ何かを理解していたのかどうか、甚だあやしいのだが、それからはとにかく閉じていた自分をひらいた。
話しかけてくる人みんなうさんくさいと拒絶したりはせず、一度話を聞いてみることにした。おこったトラブルに気持ちをやられたりせず、おこったことはおこったこととして受け止めて、それからどうするかと考えるようになった。
結果たくさんの出会いが。
忘れられないのは、ある街に数日滞在したとき、現地の男の子に会った。そのときは普通に話して、路上でご飯をたべて、またねって別れたんだけど、2週間ほど旅行して最後に同じ街に帰ってきたときに、その子に偶然また会った。
彼は覚えててくれて、今日で旅は最後なんだと伝えると、じゃあパーティしようと言って、クラブへ連れて行かれた。でも踊るわけでもなく、ただ飲んで、ただしゃべった。
彼はわたしに夢を教えてくれた。
いつかバンドをくんで黒いベスパに乗って、国中をツアーで歌ってまわるんだと。
黒いベスパがゆずれないポイントのようで、何度も何度もそう言った。
それから、夢がかなったら日本にもいくね。と。
かたことの英語で会話しながら朝まで飲んで、結局ホテルには帰らなかった。
そのままわたしをバス停まで送ってくれた。
バスのドアが閉まる前に見た彼の顔が、わたしにはどうしてもサンチャゴに見えてしかたなかった。夢をおい続けたひつじ飼いの少年に......。
- 『グレート・ギャツビー』スコット・フィッツジェラルド (2013年6月6日更新)
- 『コリーニ事件』フェルディナント・フォン・シーラッハ (2013年5月9日更新)
- 丸善津田沼店 酒井七海
- 書店員歴やっと2年の新米でございます。本屋に勤める前は、バンド やったり旅 したりバンドやったり旅したりして、まぁようするに人生ぶらぶらしておりました。とりもどすべく、今は大変まじめに働いております!本を読む ことは人生で 2番目に好きです。1番目は音楽を聴くことです。音楽と本とときどきお酒があればだいたい幸せです。