『ダンガンロンパ霧切 7』北山 猛邦
●今回の書評担当者●さわや書店イオンタウン釜石店 坂嶋竜
正義はひとの数だけあるし、時代や国、そして状況によって容易に変わりうる。こんな状況だからこそ、それは誰もが実感できるのではないだろうか。
去年の〝正義〟と今年の〝正義〟は違う。
正義の対義語とされる〝悪〟だってそうだ。
そう。
〝正義〟や〝悪〟が容易に反転するのなら、〝正義〟の側に立っている探偵は何を信条に犯罪者と戦えばいいのだろう。警察官ならまだいい。国が掲げる〝正義〟のため、法律の下に犯罪者を捕まえればいいのだから。
しかし探偵は公務員ではなく、一般人に過ぎない。
個人である探偵はどのように謎と向き合うべきなのか──。
『ダンガンロンパ 希望の学園と絶望の高校生』というゲームがある。閉鎖された校舎に集められた超高校級の才能たちを待っていたのはコロシアイ生活と学級裁判──。
残虐な展開とサイコでポップなビジュアル、そして謎解きの面白さが評価され、シリーズ化はもちろん、アニメ化までされている。
『ダンガンロンパ霧切』はその登場人物である霧切響子の過去にスポットを当てた番外編だが、ゲームを前提としないストーリーなので、ここから物語に入ることも可能だ(異論の声が上がるかもしれないが、可能だと僕は主張する)。
探偵である主人公・五月雨結は現場に倒れていた霧切響子を犯人と疑い、手錠で拘束する──そんな出会いから始まったふたりの物語は数多くの事件に彩られ、その絆はエピソードを積み重ねるごとに深まっていく。
呼び名や仕草、口調。
そして霧切の長髪を三つ編みにし、リボンで〝結〟んであげるほどにふたりの距離は近くなり、その様子はふたりの成長と重なりあう。
超高校級といっても、大学生以上という意味しかない。
霧切響子も未熟な存在だ。そんな彼女も五月雨結と並んで歩くことで、自分の運命と向き合いはじめる。同様に五月雨結自身も探偵の自覚を持ち、「探偵としてすべきこと」を模索し始める──。
そんな〝積み重ね〟は人間関係だけでなく、事件にも当てはまる。
1巻で「黒の挑戦」という殺人ゲームの説明と平均的なレベルの事件が起こり、2巻では高難易度の事件、そして3巻から5巻では一度に発生する「黒の挑戦」の数が一気に増える。
基本→応用→発展、というわけだ。
続く6巻の「銃撃戦」ではみっつの事件(戦い)が描かれるが、メタな視線から新たなルール設定が行われ、5巻までと同様、基本→応用→発展という展開が待っている。
その流れはミステリが歩んできた歴史そのものである。
世界最初のミステリ「モルグ街の殺人」も同じ流れの3部構成になっているのが傍証だが、詳細をここに記すには余白が狭すぎる。
閑話休題。
絆を積み重ね、事件を積み重ねた末に辿り着いた五月雨結と霧切響子とが挑む最後の「黒の挑戦」、その内容について詳しくは述べない。
だが、本格ミステリ作家である北山猛邦が1巻から張り続けてきた数々の伏線を回収し、定められた〝結〟末へと向かいつつ、事件を解決へと導こうとするふたりの姿は読者の胸を熱くさせるはずだ。少なくとも、僕は泣いた。
そして目にするだろう、探偵の宿命を。
探偵という肩書きにはこれほどまでに重い意味が込められているのだ、と。
だから。
このシリーズを読了した僕は、願わずにはいられない。
どうか、彼女のそばにその疲れを癒す花があらんことを、と。
名探偵に、薔薇の苗木を。
- 『絞首商會』夕木春央 (2020年5月21日更新)
- さわや書店イオンタウン釜石店 坂嶋竜
- 1983年岩手県釜石市生まれ。小学生のとき金田一少年と館シリーズに導かれミステリの道に。大学入学後はミステリー研究会に入り、会長と編集長を務める。くまざわ書店つくば店でアルバイトを始め、大学卒業後もそのまま勤務。震災後、実家に戻るタイミングに合わせたかのようにオープンしたさわや書店イオンタウン釜石店で働き始める。なんやかんやあってメフィスト評論賞法月賞を受賞。