『夢幻紳士 怪奇篇』高橋葉介
●今回の書評担当者●中目黒ブックセンター 佐藤亜希子
"まるで映画を見ているようだ"という感想を小説や漫画などの感想でよく目にするけれど、そういった作品にあまり出会ったことがない。これは作品云々ではなく、私の想像力が主人に似て非常に怠け者であることに問題がある。文字は文字、絵は絵、そこまで極端に考えていないにしても、パッと画が浮かんできたり、聞こえるはずのない音を感じ取ったりする力が圧倒的に不足している。だが、少ないというだけで出会ったことはあるのだ、まるで映画を見ているような錯覚を覚えた作品に。
高橋葉介さんの『夢幻紳士 怪奇篇』(ハヤカワコミック文庫)にある一編、「第十七夜 夜会」は、そういった作品の代表格だ。超個人的ランキング映画っぽい作品部門第一位の座に輝いてから久しく、未だに揺らぐ気配すら見せない。そりゃ漫画だから小説に比べたら想像もしやすいだろうよなんて身も蓋もないことを言われてしまえば、ぐうの音も出ないわけだが、衣擦れの音すら聞こえてきそうなほどの臨場感に溢れ、たった24ページでショートフィルム並の満足感を得られる作品というのも、たとえ漫画といえど数少ないのではないだろうか。
と、ごちゃごちゃ書いてみたが、この作品集、とにかくいい。怪奇篇の名の通り、夢幻紳士こと夢幻魔実也(漆黒の服を身にまとった、来る者拒まず去る者追わずなイケメン。めっちゃかっこいい)が遭遇した怪しく不思議な物語が全19編(+描きおろし1編)収録されていて、そのどれもが素晴らしくおぞましい。
首を切り裂かれる夢を何年も見る内に、焦がれるようになってしまった女性との出会いを描いた、先ほどの「第十七夜 夜会」はもちろんのこと、「第一夜 幽霊船」で心に疚しいものを抱えた人間たちが辿る末路にゾクリとしたかと思えば、「第二夜 老夫婦」では事故に遭い、まもなく命の灯火が消えようとしている婚約者のために、せめてもの救いを与えようとする男性の想いとどこか物悲しいラストにホロリとする。「第三夜 吸血鬼」、「第十九夜 蝙蝠」のようにこの世ならざるものとの対決もあれば、その反面、「第五夜 幽霊夫人」、「第八夜 木精」のような温かい触れ合いを描いたものもある(だが、結末はちょっぴりせつない)。このままいくと全話について触れたくなり、初っ端から文字数が足りなくなるというしょうもない事態に陥りそうなのでここらへんでやめておくが、オーソドックスな怪談話やブラックユーモアに溢れた話もあり、なんとも贅沢な一冊なのだ。
この本を手にとった理由は忘れてしまったけれど(きっと怪奇不足だったのだろう)、怪奇と一言で言ってもこんなにも種類があるものなのかと驚くと同時に、怪奇作品への興味が一段と高まったことだけは記憶に残っている。私はそれ以来、怖ろしくも哀しく、妖艶さを漂わせた高橋作品に魅せられ、氏と誕生日が一日違いであることに若干の悔しさを抱き続けている。ものすごくどうでもいい。
それにしても、何故、私の想像力というか妄想力はネガティブな方向にばかり不眠不休で働き続けるのだろう。頼むから少し休んでください。
- 中目黒ブックセンター 佐藤亜希子
- 自他共に認める熱しやすく冷めやすい鉄人間(メンタルの脆さは豆腐以下)。人でも遊びでも興味をもつとす ぐのめりこむものの、周囲が認知し始めた頃には飽きていることもしばしば。だが、何故か奈良と古代魚と怪奇小説への愛は冷めない。書店勤務も6年目にな り、音響専門学校を卒業してから職を転々としていた時期を思い返しては私も成長したもんだなと自画自賛する日々を送っている。もふもふしたものと チョコを与えておけば大体ご機嫌。