『名探偵カッレくん』アストリッド・リンドグレーン
●今回の書評担当者●中目黒ブックセンター 佐藤亜希子
亡くなった祖母がまだ元気だった頃、かたっぱしからコミック誌を本屋さんに配達させるという、なかなかファンキーなことをしていたので、幼年時代は漫画に囲まれた生活を送っていた。我ながらなんとも贅沢な暮らしっぷりだ。
そのせいもあるのか、物心つくまで、いや、ついてから相当な時間が経つまで、漫画以外のものをほとんど読んでこなかった。だから、なにかの拍子に"小さい頃に読んだ本はなんだったか議論"が始まると、心中ではわからんを連呼しながらも、曖昧な笑みを浮かべてやり過ごすようにしている。書店員としていかがなものか。
とはいえ、ほとんど読まなかっただけで、全く読んでいなかったわけではない。今回選んだ『名探偵カッレくん』は、私が幼少時代に読んだ本リストに載っている希少な一冊で、先日、朝の荷分け作業をしているときに偶然手にし、これをずっと探していたことを思い出した(この時点でずっと探してはいない)。
『名探偵カッレくん』は、『長くつ下のピッピ』の作者であるスウェーデンの女流児童文学作家・アストリッド・リンドグレーンによる、名探偵を目指すカッレ少年(13歳)の冒険譚だ。ホームズやポワロのような探偵に憧れながらも、きな臭い事件の気配すらしない町に辟易しているカッレくんの前に、夏休みのある日、"エイナルおじさん"という人物が現れる。彼から不穏な匂いを嗅ぎ取ったカッレくんは、探偵としての調査をする内に、思いもよらぬ大事件に巻き込まれてしまい......、というのが探偵パートのとてつもなく簡単なあらすじである。
探偵パート以外になにがあるのか。いうなれば"少年カッレくんパート"だ。カッレくんと友達のアンデス少年、おてんば娘のエーヴァ・ロッタ嬢(エイナルおじさんは彼女の母親のいとこ)の3人組が13歳らしく無邪気に遊ぶ姿が生き生きと描かれている。この3人、大分やんちゃなようで、サーカス団を結成して公演したかと思えば、白バラ軍と名乗り、遊び仲間の赤バラ軍を相手にバラ戦争なる対決を繰り広げ、城跡を探検し、町ゆく人々にちょっとしたいたずらをしかける、と止まることが罪とでもいうようにとにかく元気に動き回る。最近、体調が万全なことがない気がする私には眩しくて仕方がない。
この本を初めて読んだときから数十年、改めて読み直して思ったのは、もうあの頃と同じ気持ちでは読めないということだ。面白くなかったとかそんな話ではない。カッレくんと出会ったときの私は、捜査のためといって合鍵をくすねたり、夜に他人の部屋に忍び込んだりするカッレくんを、おおうそれやばいよ、結構犯罪だよなんてつまらないことは考えず、彼の行動にひたすらワクワクしたのだろうし、事件の真相が発覚したときに、あーあれ伏線だったのかーなどといっぱしの読書家を気どったりしないで、純粋に物語を楽しんでいたはずだ。あの頃の素直でキラキラと輝いていた目をした私はもういない。大人になるとはなんと虚しいことなのか。
まぁ、そうは言ってみても、以前と読み方が変わった事実に触れるのも楽しいと感じる面もあるのだ。カッレくんシリーズは全3巻。あと2巻分、今の私の読み方を味わうのも悪くない。
だが、次第にあの頃の自分への未練がたらたらと溢れ出しそうなので、2巻読むのと同時にサーカス団のメンバーも募集してみようかと思う。
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- 中目黒ブックセンター 佐藤亜希子
- 自他共に認める熱しやすく冷めやすい鉄人間(メンタルの脆さは豆腐以下)。人でも遊びでも興味をもつとす ぐのめりこむものの、周囲が認知し始めた頃には飽きていることもしばしば。だが、何故か奈良と古代魚と怪奇小説への愛は冷めない。書店勤務も6年目にな り、音響専門学校を卒業してから職を転々としていた時期を思い返しては私も成長したもんだなと自画自賛する日々を送っている。もふもふしたものと チョコを与えておけば大体ご機嫌。